二本足で立って走る猫がいるという話をネットで知った。ウソやろ…。即座に思い浮かんだのはもちろんあの猫である。往年の名作『じゃりン子チエ』に出てくる、後ろ足で仁王立ちになったりする小鉄とアントニオJr.だ。おもろそうやないか。
しかし、現実はマンガより奇なり。リアルの二本足猫は、二本の後ろ足ではなく、左側の足二本で立って走るという。ホンマですか?まだ仁王立ちの方がリアリティーがあるやん。その猫は、生後三ヶ月の頃、車にひき逃げされて道路に横たわっていた。名前はまだない猫だった。
とんでもない不幸に見舞われたが、捨てられた子猫を引き取って飼うほどの愛猫家であるケイコさんが気づき、家に持って帰ってくれたのは幸いだった。ほうっておけば死んでしまうのは間違いない。かといって、治療にいくらかかるかわからない。だが、ケイコさんは意を決して獣医さんに連れて行く。
浅井獣医師の見立ては、右側の足二本を切断せねばならないというものだった。手術自体は難しくないが、左側の足だけでは立てなくなって、一生這うことしかできないはずだ。排泄まで人の世話にならないと無理かもしれない。それが幸せな人生、じゃなくてニャン生なのか。
……ぼくは、……安楽死をすすめます。
……どうしますか?
どうするかを決めるために与えられた時間は15分。事情が事情である。安楽死を選択してもまったく問題はないし、誰も咎めはしないだろう。しかし、ケイコさんは違った。ここに連れてきたのは死なせるためではない。小さな猫を助けてもらおうと思ったからだ。
よし、わたしがなんとかすればいいだけのこと。
なんとかする。
きっとなんとかなる。
逡巡の末、そう決断した。1時間55分の手術で右側の足はどちらも付け根から切除された。手術と入院の費用は、たぶん浅井獣医師がオマケしてくれての10万円だった。
手術の翌日から匍匐前進に挑んだサブロー-すでに二匹のオス猫がいたのでサブローと名付けられた-は、試行錯誤の末、なんと二本の足で立てるようになる。とんでもなく素晴らしいバランス感覚ではないか。自分でも試しにやってみた。すごく力がいるし、立っている方と逆の手足でバランスをとらなければ安定しない。猫と人間では違うだろうけれど、サブローえらい!
本のタイトルはタカシやのに、なんでサブローやねん。もう一匹おるんか、と思われたかもしれない。が、そうではない。ケイコさんたちがサブローと呼んでもまったく反応しないので、名前が気に入らないのかと、次々といろんな名前で呼びかけてみたら、タカシにだけ反応したからタカシに改名された。なんか、えらく自立心の強い猫なのである。
二本足で立てるようになったのを見た浅井獣医師はえらく驚いた。そりゃそうだろう。しかし、それはまだ序の口だった。這えば立つ、立てば走るの猫心とはよく言ったものだ。ん、いいませんか?まぁ、よろし。とにかく、走れるようになったのである。百聞は一見にしかず、インスタグラムの動画をご覧いただきたい。
今を去ること50年近く前の医学生時代、講義の内容などほとんど覚えていないのだが、生理学で二つ印象的なトピックがあった。ひとつは、二足で歩くとはどういうことか、についてである。単純な物理学になぞらえると、まず重心を前に傾けて倒れかかる。そして、倒れてしまう前に片方の足で支える。それを繰り返すというものだ。言われてみればなるほどそのとおりだ。しかし、これは後ろ足二本なら可能だが、片側の足二本では不可能だ。だから、歩くような悠長なことはせず、飛び跳ねるように走るのだろう。
もうひとつは、脳の可塑性である。脳というのは、生まれた時にできあがっている訳ではない。猫を使った有名な実験がある。ヒューベルとウィーゼルによるもので、1981年にノーベル賞を受賞している。生まれた猫の片目を覆っておく。そうすると、視覚刺激がはいらないので、大脳の視覚野がうまく発達せず、そちら側の目が見えなくなってしまう。そのような脳では、本来、視覚に使われるはずだった大脳の領域が不要になる。だが、そこは空白地帯になるのではなくて、他の機能を担うようになる。これには臨界期があって、ある程度まで成長した脳ではそのようなことはおこらない。
タカシの場合、四足歩行ができなくなった時点から、脳が二足歩行できるように組み換えられていったのではないか。そう考えるのが妥当だろう。生後三ヶ月でなくてもっと成長してからだと、片側二足で立ったり走ったりはできるようにはならなかったのではないか。元科学者としては、つい、実験して確かめてはどうかなどと思ってしまうが、どう考えても動物実験の倫理委員会を通りそうにない。
すこし話がそれてしまったが、走れるようになったタカシは家の外へも出るようになり、恋愛したり冒険したりする。さらには、周囲の人々にはまざまなメッセージを受け取り続ける。ニャンとも素敵な物語。もし小鉄やアントニオJr. みたいに話せたら、むっちゃおもろい冒険譚が山ほどありそうやけど、さすがにそれは無理やわな。
著者の苅谷夏子さんは、ある週に三度も二本足で歩く猫を見かけたことがあったが、以後、まったく遭遇しなくなった。幻でも見たのかと思いながら近所の友人にその話をしたら、偶然その方がケイコさんの知り合いだった。それがきっかけでこの本が作られた。タカシ、大丈夫どころか、なんだか神がかっているのである。
苅谷夏子さんは国語教育者・大村はまの教え子で、こんな本も出しておられます。
タカシにはぜひ長生きしてもらいたい。レビューはこちらから。