日本酒、味噌、醤油。木の大桶で仕込む日本古来の伝統食材だ。
ここ数年、こだわりの食品を好む消費者が増え、ステンレスやホーローなど近代設備で作られた量産品ではなく、“本物”の味が求められているという。
それなのにその大もとになる木桶をつくる職人や工場がなくなっている。著者は食品管理の仕事をしていた20年前にその声を聞いていた。
高さ約2メートル、直径約2メートルという巨大な木桶は一度作ると100年から150年持つ。精巧につくられる大桶は高額だ。だから新しい桶は稼ぎの良い酒蔵が注文した。
20年から30年経って酒がしみだすようになると、一度解体して組み直し、次は醤油屋が引き取る。塩分が隙間を埋め、漏れなくなると、ここからまた100年は使えるという。
いよいよ最後のときに引き取るのは味噌屋だ。乞われるまで使われる。
酒蔵が木桶を使わなくなったのは戦後のこと。飢餓状態の国民を救うには、酒を造る余裕はない。じっくり時間をかけて作る醸造発酵製法材料のロスも多い。さらに木桶は不潔だと嫌われた。当然木桶の発注はなくなり、木桶業者は廃れた。
酒や醤油はその蔵の微生物が木桶に住み着き、独自の味を醸し出す。2005年、小豆島で醤油蔵を営むヤマロク醤油の大桶が150年の寿命を迎え底板が抜けた。そして気づく。直してくれる人がいない。
最後の桶屋、大阪の藤井製桶所に発注を出したのが2009年。だがこの工場も2020年で廃業するという。ならば、自分たちで桶を作ろう。幼なじみの大工とともに藤井製桶所に弟子入りし、伝統的な製法で大桶作りを習うのだが、波乱万丈、艱難辛苦。ハラハラしっぱなしである。
現在、日本全国で志を同じくする後継者が増えている。読み終わってすぐに木桶の醤油を買ってきた。この味は永遠に残してほしいと思う。(週刊新潮3月2日号)