ウクライナへの軍事侵攻後、ロシアやウクライナ、そして地政学といったジャンルに関する本が注目されています。中でも最も売れているのが『物語ウクライナの歴史』です。軍事的な視点での本も多い中、多くの人が手にとったのは2002年に発行された、歴史の本だったということに興味を持ちました。
今回は久しぶりに、この『物語 ウクライナの歴史』の各種データから売れ方、読者層を読み解いていきたいと思います。
※売上データ、読者層データについては日販より提供を受けています。
この本が発売されたのは20年前のこと。残念ながら発売からのデータは残っていませんが、近年はぽつぽつとたまに売上が上がるといった動きをしている作品でした。過去1年の売上を週次でグラフにしたのがこちらです。(日販オープンネットワーク調べ)1月末から微かに動きがみられるようになり、3月に入って大きく売れ出しました。重版が出来、本が店頭に並び始めたという事がこのグラフの大きな理由ですが、2月の軍事侵攻開始のタイミングより早く、1月には読者が動き始めていたこともわかります。
3月に入ってからは、書店店頭での関連コーナーの展開などが次々とニュースに取りあげられるようになり、4月には軍事侵攻を受けて緊急発行された本も続々刊行されています。
『物語ウクライナの歴史』を購入したかたはどんな方たちでしょうか。読者層を見てみましょう。(読者層、併読本分析はWIN+調べ)
全体では60代、70代の読者が多く20%程度を占めています。他の歴史教養新書に比べると女性の読者が多いことも一つの特徴かと思われます。
続いて、この読者が2022年3月以降どんな本を購入しているのか、読者の併読本ランキングを見ていきましょう。以下は『物語ウクライナの歴史』を購入した人が3月以降購入したタイトルの併読上位10作品です。
銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 | |
1 | 『現代ロシアの軍事戦略』 | 小泉 悠 | 筑摩書房 |
2 | 『独裁者プーチン』 | 名越 健郎 | 文藝春秋 |
3 | 『プーチンの実像』 | 朝日新聞国際報道部 | 朝日新聞出版 |
4 | 『ロシアを決して信じるな』 | 中村 逸郎 | 新潮社 |
5 | 『同志少女よ、敵を撃て』 | 逢坂 冬馬 | 早川書房 |
6 | 『ハイデガー『存在と時間』』 | 戸谷 洋志 | NHK出版 |
7 | 『女のいない男たち』 | 村上 春樹 | 文藝春秋 |
7 | 『80歳の壁』 | 和田 秀樹 | 幻冬舎 |
9 | 『ベルリンは晴れているか』 | 深緑 野分 | 筑摩書房 |
10 | 『現代思想入門』 | 千葉 雅也 | 講談社 |
上位は新書・文庫が多くなりました。最も併読率が高かった『現代ロシアの軍事戦略』も非常に売れています。『物語ウクライナの歴史』と比べると、こちらはほぼ男性読者となっており、読者の平均年齢も若干低めです。
フィクションでは、『同志少女よ、敵を撃て』、『女のいない男たち』『ベルリンは晴れているか』の3作品が上位に入りました。
本屋大賞を受賞し、独ソ戦を描いているということもあり関連性も深い『同志少女よ、敵を撃て』は併読率の高い作品。近年の本屋大賞授賞作品は比較的女性読者が多い傾向にありましたが、この本は男性読者の占有が5割を超えています。
ウクライナとはどんな国なのか、ロシアは、プーチンは何を考えているのか。そういった人々の疑問が想像できるラインアップとなりました。
ではこの読者の併読本から気になる本をいくつかご紹介しましょう。
すでに話題になっていますが、岩波書店の『世界』編集部の手によるウクライナ侵略戦争を考える1冊。侵略開始の時に多くの人の心を埋め尽くした「なぜ」が、開戦から日が経つにつれ薄くなっているのではないか、「なぜ」を突き詰めることが必要だという編集部の思いが結実した1冊です。今起こっている事、なぜこのグローバル危機が持ち上がったのか、などの視点でこの戦争を考えています。今起こっている事を知るための必読書。
外交官として数々の外交最前線に立ち続け、橋本内閣、小泉内閣と2度の首相補佐官を務めた岡本行夫氏。20年の4月に新型コロナウイルス感染症で死去されたニュースは世の中を駆け巡りました。
死の直前まで書き継いでいたという手記が刊行されました。湾岸戦争やイラク戦争を目のあたりにしてきた外交のプロは、もし今の事態を見ていたら何を思ったのでしょうか。日本の外交の課題等も書かれていることから、ウクライナ危機を読み解くという文脈でも手にとられているようです。
このウクライナ危機は「見える戦争」と言われています。急激に発達したデジタル技術は、ウクライナ侵攻の実態を世界中の人にほぼリアルタイムに届け続けています。
ただ、この本を読むとこの戦争の「見えない部分」に多く気づかされるのです。そこには水面下で、さらに狡猾に活動するスパイの姿や、デジタル技術の軍事転用などが描かれていました。サイバー戦争はすでに始まっているのかもしれません。4月の情勢も踏まえられた最新の知見盛り沢山の1冊。
久しぶりの、無宣言下でのGWが始まっています。都心部への人出も徐々にコロナ前と同様に回復しつつあり、コロナとの共存の日々も見えてきたのかもしれません。ただ、まだコロナ禍を忘れるには早い時期でしょう。この『命のクルーズ』は日本でのコロナウイルスの流行拡大の前に起こった、ダイヤモンド・プリンセス号でのクラスタ対策チームを描いたノンフィクション。
ウイルスの正体もわからず、自らも感染リスクにおびえながら、拡大する陽性者を救い続けた、医師やスタッフたちの闘いが描かれています。
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コロナ禍の巣ごもり期間が明けようとしています。コロナ禍中は、不便が多い反面、本がよく読まれた時期でもありました。また、押し寄せるテレビやネットの情報から一歩距離をおき、本を読んで考えてみる、といった行動をとったかたも少なくなかったのではないでしょうか。
まさに今、ウクライナ情勢で起こっている事がそういうことなのかもしれません。これからしばらくは、現状を分析した本やこれからの世界を読み解く本が次々と刊行されることと思います。ぜひ定期的に書店店頭を覗いてみてください。