2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、世界に激震が走った。そしてその傍ら、エネルギー市場も世界的なショックの渦中にある。
戦時においての戦略物資、石油・天然ガスの重要性に私たちは改めて直面している。第二次世界大戦から80年がたつが、エネルギーを巡る地政学のダイナミズムという本質は、21世紀も変わっていない。
そんな絶妙なタイミングで「ピューリッツァ―受賞作家」かつ「最も影響力あるエネルギー問題の専門家」と称されるダニエル・ヤーギン氏の新著が翻訳された。ベストセラー『石油の世紀』『探求-エネルギーの世紀』に続く本書は、足元の世界情勢を理解する上では最良の一冊だ。本書を読まずして、地政学とエネルギーは語れないといっても過言ではなかろう。
地政学とエネルギー分野の劇的な変化によって世界地図は塗り替えられていると著者は語り、本書でこのうねりをひとつづつ丁寧にひろいあげていく。グローバル化の流れは今ではすっかり影をひそめ、逆に世界的な分断という地政学的デカップリングが起きていると本書は指摘する。
米国の保護貿易主義の台頭、ロシアのウクライナへの関与、中国が掲げる巨大経済構想の「一帯一路」、中東での相次ぐ紛争とISISの台頭、気候変動問題対策のためのエネルギー転換政策における先進国と途上国の差。本書をとおして見えてくるのは、これらすべてにエネルギー問題が深く絡んでいることだ。
米国、ロシア、中国、中東、そして世界的なエネルギー転換の流れを本書で紐解いていく。足元のロシア・ウクライナ情勢を理解したい人は、まず本書の第二部を読むことをおススメする。巷では、ロシアによるウクライナ侵攻を両国の歴史的関係からとらえようとする解説が多いが、本書をとおして「エネルギー安全保障」という視点からもとらえ直すことができる。
ウラジーミル・プーチンが、ロシア大統領就任以来、石油と天然ガスを活用してソ連崩壊後の国をいかに立て直し、それを使って欧州やアジアの首根っこをつかんでいくか、そしてその戦略を遂行する上でウクライナがロシアにどのような意味をもつのか。プーチン大統領の壮大な計画と、その計画を遂行する上でエネルギーがいかに重要な武器として使用されてきたかを理解できるだろう。
「耳を傾けたくない人もいるかもしれないが、石油と天然ガスは相変わらず世界を動かす主要な燃料でありつづけるだろう」と著者は語る。
今日、ロシアが経済的な武器として使用するロシア産石油・天然ガスの不買運動が起きているが、それら資源なしにグローバル社会経済は耐えうるのか我々は難しい課題につきつけられている。
これに限らず、エネルギー転換というあるべき理想と現実の経済社会をどう折り合いつけるのか、エネルギー問題という難しい判断に迫られているのが我々世代だ。米バイデン政権はインフレによる経済的ダメージを恐れ、ガソリン価格上昇をくい止めようと躍起になっている。大統領就任以来、気候変動対策を看板政策として掲げてきたにもかかわらず、今では180度の方針転換をし、国内の石油・ガス生産量増産に血眼になっているのだ。世界最大のエネルギー大国であるアメリカですらエネルギー問題に翻弄されていることを如実に語っている。
「エネルギー安全保障」、平時が続く世の中でしばらく忘れられていた言葉が改めて重みをもつ時代に突入している。
ダニエル・ヤーギンの前著。村上の書評はこちら。
同じく著者による一冊。利根明日香の書評はこちら。