帯には赤字で「驚嘆必至の教養書」「エネルギーがわかると世界がわかる」、これは面白そうだ。しかもAmazon Audibleで聴けるとあって、移動中や家でくつろいでいる時に読みすすめられるのもうれしい。
著者はJX石油開発でオイル事業に長年携わってきた古館恒介さん。帯文にもあるとおり、エネルギーを軸にこれからの世界を理解するための必読の書だ。
正直、日本人でエネルギーに関する骨太ノンフィクションを書ける人がいるとは驚きだった。エネルギーは、専門的、経済的、国際政治学的、科学的と複雑で理解しづらい分野であり、エネルギーを持たざる国である日本では深く突っ込んだ議論はなかなかされないと思っていた。
いい意味で期待を裏切る本書は、歴史・物理・文明論の視点からエネルギー問題を俯瞰する骨太論議だ。しかも、文章のリズム感や物語展開はノンフィクションとして一級品であり、エネルギー関連本として海外翻訳本にひけをとらない。ピュリッツァー受賞作家であるリチャード・ローズの『エネルギー400年史』と同様、読了後はなにか大きな獲物を手にした感覚にさせてくれる。なんだかすごい!
本書は4部だてになっており、第1部ではエネルギーの歴史、第2部ではエネルギーの物理原則、第3部でエネルギーと経済社会との結びつき、そして最後にエネルギーの将来を示している。
個々に面白い内容満載で、目から鱗が落ちたり、膝をうったりしながら読める。エネルギー問題を「熱力学の第二法則」「エントロピー」「散逸構造」などの観点から本質的かつシンプルにとらえ直すのが本書の白眉である。
読者は読みながらストンと腑に落ちる感覚を味うことができるだろう。原理原則を理解すると、複雑な世界をよりシンプルにとらえ直すことができる。それが本書を読む醍醐味だ。
本書をとおして、際限のないエネルギー獲得への欲求が、私たちの脳がもつ本性であることに改めて気づかされる。この欲求を満たすことで人類は進歩を遂げ、文明を築きあげてきたのだろう。エネルギーの大量使用が人類文明の前提となっていることは、まぎれもない事実である。
この人間の本質をとらえると、地球温暖化問題への対応の難しさを痛感する。エネルギーの大量使用と環境保全を両立することは一筋縄では解決できない問題である。再生可能エネルギーの普及は一助とはなるものの、本書が指摘するように生物学・物理学の原則からみると、それが最適解になるほど事は単純ではない。
二酸化炭素を排出せず、大量のエネルギーを効率よく創出し、高レベル放射性廃棄物を放出しない核融合エネルギーは、将来的に人類社会の中心的なエネルギー源候補として著者も期待を寄せている。ただし、その高度な技術開発を待っているほど猶予がないことも本書が指摘する事実だ。
では、どうすべきなのか。本書最終章には著者なりの対応策や将来像も紹介されているのでぜひ読んでみてほしい。ただ、本書で著者が最も伝えたかったのは、それよりも、「物事の本質をとらえ、思いを未来に馳せること」であろう。小手先の対応ではなく、物理学・生物学的な原理原則に基づいて未来を切り開く、人類の「先見の明」が試されているとして著者は本書を締めくくっている。
エネルギー問題に興味ある人はもちろんのこと、人類や文明の歴史に興味ある人はぜひ手に取っておくべき一冊である。新しい視点をもたらしてくれることに違いない。
リチャード・ローズの『エネルギー400年史』はこちら