発覚は文春砲だった。2019年10月末、週刊文春は7月の参院選広島選挙区を舞台にした公職選挙法違反の記事を掲載した。
初当選した河井案里議員がウグイス嬢に対し法定上限額の倍を渡しており、選挙を実質仕切っていたのは夫で現職の法務大臣、河井克行衆議院議員だと報じたのだ。発売日の翌日、克行は安倍晋三総理大臣へ法相の辞表を提出する。
『ばらまき 河井夫妻大規模買収事件 全記録』は週刊文春にスクープを抜かれた地元、中国新聞が組織した「決別 金権政治」取材班が総力を挙げて取材した執念のノンフィクションである。
異例ずくめの選挙だったという。舞台の広島選挙区は、もともと与野党が一議席ずつ分け合っており与党の溝手顕正議員が6選中なのに、なぜか2人目の候補、広島県議で河井克行の妻、案里を出すという。党県連は反対した。しかし党本部はその反対を押し切り、案里を公認候補に決定。「2議席独占」が大義名分であった。
党本部のごり押しの裏に安倍晋三総理大臣と溝手との確執があると指摘された。溝手を押す県連と党本部との自民党の分裂選挙となった。本部肝入りとなった案里への支援は自民党の機関紙を使い、相当のカネが投下されていることが暗示された。
公示後は安倍をはじめとした政権幹部が次々に応援演説に広島入りする。溝手陣営の大物議員さえ案里の立候補を容認した形になり案里の当選が決まる。
選挙戦の裏で夫の克行は何をしていたのかが本書のメインテーマだ。田中角栄の金権政治が叫ばれたのはもう40年も前。「選挙と金」の事件は古くから連綿と続いている問題だが、21世紀も20年以上経ち令和という新しい時代になっても、現金を懐にねじ込むような選挙が行われているとは思わなかった。
文春砲の後塵を拝することとなった地元紙中国新聞は全力取材を開始した。つかんだ情報が選挙買収だ。河井夫妻と関係の深い県議に取材し現金授受を確認する。大規模な「ばらまき」がが発覚し、県議4名がそれを認めた。時期的なものを考えると公職選挙法に違反するかどうかは微妙なところだ。だが地検が動いた。
週刊文春、朝日新聞などが政権中央からのスクープを放つなら、地元紙ならではの地道な取材と裏取りが必要になる。普段から付き合いの深い県議、市議、議長などへ細かい取材を敢行。信用していた人の語られた話が後に覆され、人間不信に陥る場面に胸が痛む。
国会議員である政治家夫妻が自ら現金を配って歩くという、余りにも杜撰で情けない事件は、結果、広島県政・市政に関わる100人以上に2871万円をばらまいた。一人当たり10万から30万。返したという者、表に出ない金だから使ってしまったという者、断固拒否した者。本書の後半に記された克行被告の裁判の証人の証言が生々しい。
河井夫妻は国会議員を辞任し、実刑が確定した克行は刑に服している。だが結局、選挙で使われた金の流れは明らかにされなかった。日本の選挙事情の本質は何も変わっていないのかもしれない。(ミステリマガジン3月号)
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2月10日発売。当選から逮捕までの詳細なインタビュー。発売が待ち遠しい。