世界経済フォーラムが昨年出した男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数で、日本は156カ国中120位。政治に関してはなんと147位だ。
だが世界には素晴らしい女性政治家がいる。『メルケル 世界一の宰相』は様々な危機からドイツを救った首相の評伝だ。昨秋、16年続いたアンゲラ・メルケルの政権は終わりを迎えた。最後の仕事が新型コロナ対策だったのは印象的だ。素早いロックダウンと科学者として得たファクトによって医療崩壊を免れた手腕は見事であった。
旧西ドイツに生まれ、聖職者の父の仕事で旧東ドイツに育ったメルケル。大学で物理学を専攻し科学者となったが35歳で政治家に転身し、51歳でドイツ初の女性首相となる。
秘密警察が跋扈する東ドイツで育っただけに感情を外に出さず、粘り強く人間関係を構築していく。私生活は明かさず常に冷静を心掛け、プーチンやトランプとのタフな交渉をする姿は圧巻である。彼女の手腕の裏には東西冷戦の中で経験した理不尽な差別への憤りが感じられる。メルケルという政治家のいない世界はどうなるのだろう。
日本人女性にも傑物はいる。『聖子』は60年近くもの間、新宿の文壇バー「風紋」のマダムとして生きた林聖子の、93歳までの歴史を森まゆみが聞き取った貴重な記録である。
アナーキズムの影響を受けた画家、林倭衛(しずえ)の娘として昭和3年に生を受けた聖子は、父の生涯から語りだす。フランスでの生活や交遊録はもはや近代史の一端である。
父の死後、病身の母を支えて聖子の人生は転がり始める。母の知り合いの太宰治は聖子を小説『メリイクリスマス』に登場させた。出版社で働いた後、女優をやりつつ何軒ものバーに勤め、生活のため新宿に「風紋」を開いた。綺羅星のような芸術家や作家、映画監督たちが通い詰めた伝説の店だ。
私も一度連れて行ってもらったことがあるが、時代が違いすぎたのか、続けて通うことはなかった。垣間見られただけでも幸せなことだったと思う。
『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』で「経済学の父」アダム・スミスはこう語る。「我々が食事を手に入れられるのは(中略)彼らが自分の利益を考えるからである」。しかし彼は生涯独身で自己利益を求めない母たちに面倒をみてもらっていた。彼女らの労働は「生産活動」にはあたらないのか。
本書は健康な男性の視点で作られてきた経済学や経済人が偏っていることを喝破した痛快な本だ。女性や弱者が行う労働は市場の中で無視されてきた。だがいま、経済学を定義し直さなければならない時がきたのだ。(朝日新聞1/26夕刊「とれたて!この3冊」)