ペンギンはお茶の間の人気者である。ドン・キホーテやJR東日本のSuicaなどさまざまな場面でキャラクター化されたその姿を目にするし、旭山動物園冬の名物「ペンギンの散歩」には黒山の人だかりができる。我々はペンギンのどこに惹かれるのだろう。短い足でヨチヨチ歩く姿が幼子を連想させるのだろうか、その流線型のフォルムに進化の美しさを感じるのだろうか、とにかく多くの人を魅了してやまない存在である。
ペンギンの魅力はお茶の間にとどまるものではなく、その魅力からは科学者も逃れられない。約9700種いるといわれる鳥類のうちペンギンは18種を占めるのみであるにも関わらず、ペンギンは鳥類の中でも最も研究が盛んに行われているグループの1つであり、1985年の時点で2000点近い文献が公表されている。さらに、現在もその数は爆発的に増え続けているという。
なぜ研究者はこぞってペンギンの研究に向かうのか。研究対象への愛着もあるかもしれないが、最大の理由はその「研究のし易さ」だ。何しろペンギンは「飛ばない」ので捕まえやすいし、「怖くない」ので近寄っても致命傷を負うことはないし、「弱くない」ので少々手荒な調査を行っても死なないのだ。例えば、ペンギンと並ぶ動物園の人気者パンダではこうはいかない。目の周りの大きなクマが大きな瞳を連想させ、ふわふわした体毛を触りたくなるが、もしどこかで遭遇しても近づかないほうが賢明だろう。
容易に近づき、捕まえることができるとは言え、その生態が明らかになってきたのは意外なほど最近だ。なぜなら彼らは一生の60~80%を海の中で過ごすので、その行動を追跡することは容易ではなく、1970年代中頃までその採餌方法を知るには胃の内容物を吐き出させるしかなかったのだ。航海総距離1000キロ以上も海の上からペンギンを追いかけ続けるようなタフな研究者も過去にはいたようだが、研究を飛躍的に進めたのはバイオロギングサイエンスの発展だ。バイオロギングサイエンスについては、本書で何度も引用されている『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』が詳しい。本書の著者と『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』の佐藤克文氏は、「ペンギン・スタイルTV」というUSTREAM放送でも何度か共演しているのだが、こんな放送が行われているとは知らなかった。ペンギンに対する需要は想像よりも大きいようだ。
本書によると著者は「1954年生、東京生まれ。國學院大學文学部史学科卒業。ペンギン会議研究員、目黒学院高等学校教諭」である。「ペンギン会議研究員」以外はおよそペンギンとは関係なさそうだ。しかし、著者のHPを覗いてみると、そこはもうペンギン一色。ペンギン関連書籍、グッズ、研究がこれでもかと紹介されている。プロフィールの詳細を見ると、ペンギン研究者青柳昌宏氏への師事が本格的なペンギン研究のスタートのようだが、高校で担当されている地歴公民科では一体どんな授業が展開されているのだろうか。きっとペンギントリビアが満載なのだろう。
本書は120ページとコンパクトだが、興味深いペンギンの実態がいくつも紹介されている。ヒゲペンギンが水中で受ける抵抗力はあらゆる水生動物、潜水艦などの人工物の中で最小であること、ペンギンは人間が消費している海洋資源のなんと28%以上を消費している可能性があること、ニュージーランドやマゼラン海峡には森に棲むペンギンがいることなどは多くの人にとっても驚きだろう。本書には興味深いペンギン関連書籍が多数紹介されているので、ペンギン入門に最適だ。
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『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』の続編。これもすっごく面白いです。