キュレーションという言葉を初めて耳にしたのは、一年ほど前のことだったと思う。そのころは抽象的なイメージでしか捉えられなかったこの概念も、今ではすっかり根付いたように思う。最近思うのは、優れたキュレーターであり続けるためには、他の優れたキュレーターをどれほど把握しているかが鍵になってくるのではないかということだ。時代は今、キュレーターそのものをキュレーションする、メタ・キュレーションの段階へ突入しているのかもしれない。
そんなキュレーションの高みを目指す人に取って、本書の著者の名前は憶えておいて損はない。日本ダム協会認定のダムマイスター、宮島 咲氏。ダムマニアとして、日本各地のダムを魅惑の土木ワンダーランドとして伝えている方だ。
本書の大半は、ダムのグラビアで占められている。その一基一基の写真にキャッチコピーがついており、そこはかとなく情感に訴えてくる。一口にダムと言っても、その目的や歴史はさまざまであり、一つとして同じ表情のダムはないのだ。
本書によると、ダムを楽しむためには、その形式を把握しておくことが必須条件であるそうだ。コンクリートダムだけでも、アーチ式、重力式、中空重力式、重力式アーチ、バットレスなどさまざまな種類があり、眩暈を覚えるほどだ。ちなみにアーチ式は手間はかかるがコンクリートの量が抑えられ、重量式はその逆である。要は人を取るか、コンクリートを取るかだ。その違いによって、ラインが繊細で女性的な印象を与えるか、力強く男性的な印象を与えるかという差が生まれる。たしかに、これらの知識を持ってグラビアを眺めるだけでも、今まで見えてこなかったものが見えてくる。
すっかりグラビアに魅了された後は、いつ、どこで、どのようにダムを見るかという、アクションへ誘うための読み物コンテンツが用意されている。巨大なダムの聖地と呼ばれる群馬県のダムを片っ端から回るも良し、天竜川などの川を切り口に遡っていくも良し。ちなみに、著者の「これだけは訪問したいダムセレクト10」によると、一位は香川県の豊稔池ダム。ここは日本に2基しかないマルチプルアーチ式ダム(アーチ式ダムを2連以上つなげた方式)なのだが、5連もの連なりを持っているそうだ。
時期的な見どころは、なんといっても放流のタイミングだ。ダムが一番輝くとされる放流の日程を把握することは、本書で紹介されているいくつかのサイトを参考にすることで可能になる。あとは、誰と見に行くかとなるわけだが、さすがにそこまでのお膳立ては本書に用意されていない。くれぐれも本書で仕入れた情報を披露しすぎてドン引きされたり、舞い上がって「心にダムはあるのかい?」などと囁かないように、注意してほしいものだ。
また、遊び心に溢れているのも、本書の著者に好感の持てる点だ。著者が勤める老舗割烹料理店ではライスをダムの各形式に摸した「ダムカレー」なるメニューを提供し、人々のダムへの理解促進に尽力しているそうだ。なるほど、これはダムを決壊させるのが惜しくなるほどの出来栄えである。
とにかくダムに興味のない人でも、その気にさせられる情報が満載で、キュレーションのお手本のような一冊である。自宅のトイレがダムのように見えてきたら、あなたもいよいよダムマニアの仲間入りだ!
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そのほか、マニア向けの建造物としては、数年前に流行った工場モノの一冊をご紹介。ライトアップされた工場の写真に、思わず目を奪われる。