コロナ禍で、新規感染者数やワクチン接種者数の推移グラフを世界中の人々が毎日のように眺め、喧々囂々議論するようになった。
これまでどのように推移し、この先どうなるのか。自国と海外を比べると、どのような違いがあるのか。問題が切実であるほど、一目で状況を理解できるグラフは頼りになる。過去を知り、未来を予測し、そして今何をすべきかを推し量るヒントとして、グラフは雄弁で、有能だ。
本書は、今やすっかり一般的になった「データ視覚化(data visualization)」の発展の概要を、その長い歴史とともに綴った一冊である。
この「歴史とともに」という点が重要だ。必要は発明の母とはよく言ったものだが、数値や言葉を並べただけの単なる表よりも便利な「データ視覚化」の手法は、どんな時代に生み出されたのか。そして、それが広まることで世界はどう変わったのか。著者たちはこれらの疑問を丹念に追いかけていく。
データ視覚化における主要なイノベーションは「視覚的思考(ビジュアルシンキング)」と呼ばれる認知革命と結びついて起こった。そのほとんどは過去400年のうちに起こり、とくに直近の100年に集中しているという。
「データのグラフ化」という概念の誕生は、17世紀オランダの地図作成者、ミヒャエル・ファン・ラングレンの功績によるものとされる。欧州各国が領土拡大や貿易拡大を希求したこの時代、最も厄介で重要な問題の1つが、陸上と海上の正確な経度の測定だった。
航海中のエラー発生は、移動時間の大幅増や、最悪の場合には難破など、甚大な被害につながる。航海には正確な経度が非常に重要で、「経度発見者」に懸賞金を授与する国もあった。ラングレンはそんな時代に、トレド〜ローマ間の経度距離について、世界初の統計グラフを示したのだ。
初期のデータ視覚化は、こうした地球上の具体的な何かを示す役割に限定されていた。だが、やがて適用範囲は広がり、取り扱う内容の抽象度も増していく。
その流れが結実するのは、18世紀後半のこと。折れ線グラフ、棒グラフ、円グラフなど、現在も多くの人に使用されるグラフのほとんどがこの時代に、ウィリアム・プレイフェアという一人のスコットランド人によって開発された。
政治経済学者のプレイフェアは、貿易収支や国債など、長期にわたる経済データをグラフ化した。エビデンスに基づく議論をサポートする、グラフという発想を根付かせた意味でも、彼の功績はあまりに大きい。
本書では、グラフという手法が、思考ツールとして、そしてファクトを伝えるメディアとして進化していく過程が存分に描かれている。
生きている時にはその偉業を評価されなかった人物や、どこの誰が発明したのかわからない手法も多い。だがグラフが進化してきた足跡を辿ると、そこには、人間の欲望の発露といったものまでもが確かに見られるのだ。
無味乾燥なものとして扱われがちなグラフの背景に何があるのか。それを想像する力は、データが爆発的に増えていく未来に向けて、より重要になる。その一助となる視点を与えてくれる一冊だ。
※週刊東洋経済 2021年12月4日号