近年、映画や書籍で、「ネイビーシールズ」を目にすることが増えた。現実に存在する米海軍の特殊部隊で、例えば、イスラム過激派テロリストのウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦はこの部隊によるものだった。
本書の著者ウィリアム・H・マクレイヴンは、何を隠そう、ビン・ラーディンを捕縛・殺害するための「ネプチューンの三叉矛」作戦で司令官を務めた男である。また、イラクの独裁者だったサダム・フセインの拘束作戦や、後にトム・ハンクス主演で映画化されたキャプテン・フィリップス(船が乗っ取られソマリア海賊の人質になった)救出作戦などにも携わった。
著者は父親から大きな影響を受けて軍人になった。父親は、米国で「最も偉大な世代」といわれる、大恐慌と第2次世界大戦を経験した世代に属し、実際、戦闘機のパイロットとして欧州でドイツの戦闘機と幾度も交戦したという。
父と父の戦友たちは危険な空中戦や脱出劇の話を少年時代の著者に聞かせた。彼らは愚痴を言わず懸命に働き、愛国心を示した。そして、戦中に経験した痛みや悲しみについては口にせず、自らの苦しみを自虐気味の笑い話に変えてしまう。父の「ビル、肝心なのは、どういうふうに憶(おぼ)えているかなんだ」という言葉は著者の人生に大きな影響を与えたに違いない。
長じて著者は、米テキサス大学の予備役将校訓練課程から米海軍に入隊し、特殊部隊「ネイビーシールズ」の訓練課程に配属される。今でこそ、その厳しさが一般にも知れ渡っているが、当時はあまり情報もなく、彼も実態は知らなかったようだ。
同じクラスの訓練生155人のうち、脱落せず入隊できたのはわずか33人。この訓練を経て、著者はどんなに苦しくてもあきらめないことが肝心だと学び、この先、人生がどんなものをぶつけてきてもやりぬくことができる、という自信を手にする。
本書を何より魅力的にしているのは、アフガニスタン、イラクの両戦争中、特殊作戦がどのような意思決定の下で行われたか、その裏で為政者や軍の高官たちがどう動いたかがわかる点だろう。
特殊部隊の将校、将官として意思決定に携わってきた著者だからこそ、見ることができ、語ることのできる数々の出来事は圧巻だ。例えば「ネプチューンの三叉矛」作戦で当時のオバマ大統領が見せた決断力とユーモアのセンスなどはその場にいた人間だから知りえたことだ。
また、著者の戦略思考が垣間見える点も面白い。指揮官としての彼は、つねに単純な戦術の策定を目指す。作戦が複雑になるほど不測の事態への対処が難しくなるからだ。
さらに、不測の事態に対しては、備えとして「意思決定基盤(デシジョンマトリックス)」を構築するが、彼はこれも単純化してしまう。要は、さまざまな事態を想定し、どう動くかをあらかじめ決めておくことだが、そのすべてを二者択一にするのだ。例えば、国境を越える前に発見された場合の任務続行は、イエスかノーか、といった具合だ。
特殊戦史の史料として読んでも興味深いが、意思決定プロセスや組織論に注目して、ビジネス書として読むこともできる1冊だ。
※週刊東洋経済 2021年11月27日号