本屋大賞ノンフィクション賞はじめ、ここ数年ノンフィクションを読む人が増えてきた。でもよくわからないのが海外ノンフィクション。いったいどんな作品があって、どんな風に面白いの?というわけで本の雑誌のノンフィクション好き代表の杉江由次が、HONZの東えりかと本誌でノンフィクション新刊レビュー担当の冬木糸一に声をかけた。無謀にもジャンル別50冊を語りつくすという。はてさてどんなラインナップになったやら…。
杉江 二十一世紀版海外ノンフィクション全集を編もうという座談会なんですけど、とりあえずジャンル別であげていきましょう。いちおう〈自然科学〉〈事件〉〈文化人類学〉〈冒険〉〈その他〉の5ジャンルを設定しましたが、もっといい分類があれば変えてもらってかまいません。
冬木 自然科学なら、サイモン・シンは一冊は入れておきたい。やっぱり『フェルマーの最終定理』ですね。 東 サイモン・シンは目のつけどころが新しい。 冬 そうですね。難解なトピックをわかりやすく説明する力が強くて面白そうに書く。
杉 ほかに自然科学だったら外せない作家はいますか。 東 作家でいくとオリヴァー・サックスでしょう。一冊なら『レナードの朝』かな。 冬 嗜眠性脳炎で体の自由が利かなくなってしまった人たちに新薬をどんどん投与していくことで体の機能回復も果たしていく話なんですけど、筆致が非常に美しい。エンターテインメントの力が強いんですね。 杉 オリヴァー・サックスはほかの作品もいいですよね。『火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』とか。 冬 全部代表作。どれも同じくらい面白いので、僕はどれでもいいです。
杉 作家でいくと自然科学じゃないかもしれないんですけど、マイケル・ルイスはどうですか。『マネー・ボール』の人。 冬 ああ、絶対入れたいですね。
東 マイケル・ルイスは『マネー・ボール』でいいと思うけど、どのジャンルに入れたらいいかな。
杉 スポーツじゃないですか。日本のノンフィクションはスポーツものが多いのに、海外はそんなにないのかなと思って。
東 なくはないと思いますよ。ただスポーツって、その国の競技になってしまっていて、全世界でわかるようなものとなるとそれほどないかもしれない。自転車とかね。アームストロングが書いた『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』があるじゃない。で、それが裏切られて全部八百長だったとわかる『シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕』という本がある。あれ、ノンフィクションとしては二つで一つですよね。
杉 そう考えると『マネー・ボール』は野球だけどデータ。
東 でも、あそこからすべてが変わった。アメリカの野球もそうだけど、日本の野球もあれから始まってデータ分析していくようになったわけでしょう。『マネー・ボール』はベースボールビジネスを変えたんですよ。 冬 〈冒険〉を変えたほうがいいのかな。冒険を包括するジャンルを創設して、そこに『マネー・ボール』を入れる。
杉 新しい、切り拓かれた世界。〈フロンティア〉ということで。
冬 それ、かっこいいですね。
杉 ほかに著者立ちしてる人はいますか。
冬 マイケル・サンデルかな。いろんなテーマで出してますし。サンデルなら『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』でしょう。
杉 リチャード・ロイド・パリーはどうですか。
東 入れましょうよ。『黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件の真実』。これは名作です。
杉 読み物として圧倒的ですよね。
東 本当に日本の金持ちの暗黒社会をよく描いている。あるだろうなと思っていたけれど。
杉 これは事件ものですね。
東 そうね。事件ものはいっぱいあるから先にあげようか。
冬 たしかに事件ものは多いですからね。亜紀書房だけで10冊いける。最近もいっぱい面白い本を出してますよね。『なりすまし 正気と狂気を揺るがす、精神病院潜入実験』 とか。
杉 狂ったふりして精神病院に入るんでしたっけ。
冬 そう。元々すごく有名な実験だったんですけど、めちゃくちゃ適当だったし実在しない人たちが潜入したと言い張ってたんじゃないかと。超有名実験の実態、裏側を調査した本。
東 この二十年くらいの間に出た本では絶対に面白い。
冬 あと『黄金州の殺人鬼 凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』も事件ものですね。
東 『人喰い ロックフェラー失踪事件』も亜紀書房でしょう。
杉 クラクラするほど面白かった。ロックフェラーの御曹司が首狩り族に食べられちゃう。“人”なんて共通語のように語るけど、暮らしている世界によってこんなに違うんだと思いました。でも『人喰い』は文化人類学かな。ほかに事件ものはありますか。
東 事件と言っていいか、新型コロナで原因不明の伝染病は恐ろしいことが身に沁みましたよね。今までで一番恐ろしい伝染病ってエボラ出血熱。これの本が『ホット・ゾーン エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』。
杉 脳、内臓を溶かし、目、鼻、口など体中の穴から出血し、致死率はなんと九割。
東 この本は1989年、ワシントン近郊の霊長類検疫所で突如出現したエボラウィルスをどのように封じ込めたかのドキュメントで、感染が疑われるサルたちに向かうバイオハザード・スワット・チームの恐怖が描かれています。当時は、空気感染する可能性すら囁かれており、もし人間に感染したらワシントンは壊滅してしまう。著者はリチャード・プレストンというジャーナリストで、このあとウィルスを生物兵器として利用した『コブラの眼』というスリラー・サスペンスを書いている。
冬 最初に出たのは94年に飛鳥新社からですけど、そのあと小学館、早川書房と版元を変えて何度も出版されてますね。最新版は新型コロナが騒がれはじめた去年の5月。それだけ面白いし恐ろしいノンフィクションですよ。
東 最近の事件ものとしては『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』。
杉 性暴力の被害者の。
東 面白かった。これは報道的なもの、昔の『大統領の陰謀』みたいなものですね。
冬 最近の事件ものだと『裏切り者』もよかった。オランダ史上最悪の犯罪者って言われた人の妹が書いた告発本です。犯罪結社の兄を告発するために会話をずっと盗聴しつづけて牢屋に送り込むんですけど、牢屋の中から妹の抹殺指令が出て、今も命の危険を感じながら暮らしてる。あまりにも面白すぎて正直盛ってるだろと思うくらい。
東 『仁義なき戦い』のオランダ版だ。
杉 事件ものがジャンルとして確立されてきましたよね。
冬 早川書房もいっぱい出してますよね。『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』もよかった。アメリカのインディアンの中でも、オクラホマ州北東部の岩だらけの土地に追い出された人々がいて、彼らはそのあとそこにアメリカ最大の油層があることが判明して凄い資産家になるんです。だけど、そこで暮らすインディアンの人々が、次々と殺される事件が起こる。その調査をするのが初期のFBIで、誰が殺したのかという謎の追求がミステリー的に展開するのが面白い。
東 それだと『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』も。
冬 1860年代に起きた殺人事件の初めての刑事の話ですね。
東 『FBI心理分析官 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』もある。
冬 単行本は1994年ですけど、文庫が2000年ですからオーケーですね。
杉 これで事件ものが九冊。
東 じゃあ、もう一点入れて十冊にしよう。迷宮入り事件を素人が集まって解決する組織がアメリカではあるのよ。今はネットを使ってるけど、昔からそういう組織がある。
冬 それを扱った本があるんですか。
東 『未解決事件(コールド・ケース) 死者の声を甦らせる者たち』。これで10冊。
杉 では続いて自然科学に。
東 自然科学だったら今はクリスパーは外せない。
冬 『クリスパー 究極の遺伝子編集技術の発見』ですね。
東 遺伝子を切る技術を見つけた人の話。この発見のおかげでだめなところを切って違うものを取りつけることができるようになって、いろんな遺伝子病も治る。これはすべての中のベスト100に入る本です。
冬 あと分野的に脳科学は入れておきたい。最近読んだ中だと『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』が面白かった。脳には快楽を感じるところがあるんで、ボタンをポチッと押して自分で快楽を感じさせるようにしてうつ病とか治療しちゃえばいいんじゃんという研究をやった人の話。めちゃくちゃ叩かれて消えちゃった人なんですけど。
東 だから『闇の脳科学』。すごく話題になったもんね。あとは未来系、宇宙。
冬 宇宙、欲しいですね。
東 未来系だと『地球最後の日のための種子』は面白かった。ロシアの凍土の中に種を植えとくやつ。宇宙だと、『重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち』かな。
冬 重力波はこの十年で最大のトピックなので良さそうですね。ブラックホール同士が衝突したりすることで時空が歪んで、それが波のように広がっていく。
杉 いきなり理論だけ語られてもわからないけど、ちゃんと取材してどうやって見つけたかって話があるのがいいですね。
冬 東さんが得意な生物では何かないんですか。
東 生き物ノンフィクションだと鳥ばっかりになっちゃう。
杉 鳥だったら『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件 なぜ美しい羽は狙われたのか』を入れたい。読み物としてもめちゃくちゃ面白いし、博物館というのがどうやって成り立っているのかもわかる。名作中の名作。マニアってやっぱりやばいなって。だってただ毛針作るために博物館に忍び込んで鳥の羽を盗んじゃうんですよ(笑)。
東 みんなそうなんだよね。バードウォッチャーで鳥を撮る人たちも写真を撮ったら羽根を毟りたくなる。あれもコレクションとして面白いから。
杉 バードウォッチングのノンフィクションもありましたよね。『ザ・ビッグイヤー 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲』。
東 うん。鳥のノンフィクションであれほど面白かったものはない。アメリカ全土で一年に何種類の鳥が見られたかを競う競技があるんですが、1998年は異常気象の年で、アフリカとかから迷鳥がアメリカにみんな集まってきちゃったわけ。今まで見たことがない鳥がいっぱい集まってきたから、誰が最初に見るかで大競争になる。その大競争をする男たちの話。最高。これまで読んだノンフィクションの中でも三本の指に入るくらい好き。
杉 それと海外ノンフィクションにはオオカミものって多くないですか。『哲学者とオオカミ 愛・死・幸福についてのレッスン』とか。
東 ああ、あります! 『神なるオオカミ』っていう実録ノベルみたいなのがあるんですけど、これはめちゃくちゃ面白い。『狼の群れと暮らした男』(ショーン・エリスほか/築地書館)とかね。でもおすすめは『神なるオオカミ』かな。
杉 あとは…医学?
冬 医学ものはいっぱいありますよね。『LIFESPAN 老いなき世界』(デビッド・A・シンクレアほか/東洋経済新報社)とか。去年出た中でもけっこうな話題作ですよね。
東 『完治 HIVに勝利した二人のベルリン患者の物語』も面白かった。エイズを治した人の話。
杉 『がん 4000年の歴史』はどうでしたか。
冬 『がん』のほうがいいですね。著者のシッダールタ・ムカジーは入れておきたい人です。
東 これで10冊。
杉 そうですね。これで〈事件もの〉と〈自然科学〉が10冊決まりました。あとのジャンルは〈フロンティア〉と〈文化人類学〉と〈その他〉かな。
東 私は初めてなにかに挑戦した話が好きなので、『風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった』を入れたいんですよね。アフリカの干ばつで死にそうになってた少年の話なんだけど、アメリカの物理学の本を読んで風力発電機を自作して、それでお金を手に入れて村おこしを始める。
冬 いいですね。フロンティア枠。これって、けっこうなんでも当てはまる。
杉 冒険ものもここに入れていいんですよね。『エンデュアランス号漂流』は古いですかね。出たのが98年ですけど、文庫ももう絶版なんですよ。
東 そうなんだよね。あえて入れましょうか。
杉 では殿堂入りとして。
東 冒険ものだったらジョン・クラカワーの『空へ 悪夢のエヴェレスト1996年5月10日』は?
杉 そうか。クラカワーは入れておかないと。『空へ』か…。
東 『荒野へ』か。私は『空へ』が一番爽やかでいいと思うな。
杉 いいですよね。エベレストでの大量遭難の話なんだけど、エベレスト登山がいかに商業的になっているかと驚きました。
冬 冒険もので考えてきたのがいくつかあるんですけど、ひとつは最近出た『「第二の不可能」を追え! 理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャツカへ』。準結晶っていうそれまでありえないとされていた形態の物質が存在することを理論的に証明した人の話で、理論的にだけじゃなくて実際に存在しているんだというのを証明するためにチームを組んでカムチャツカの地面を掘り返しつづける。
東 この人はファインマンさんの弟子なんだ。
冬 そうです。理論物理の世界ではかなり有名な人らしくて、文章の筆致も非常に面白いです。これはSFの雰囲気もあっていいですね。ちゃんと冒険してますし。
杉 実際に掘りに行ってるっていうのがいいですよね。物理学者も大変だ。
東 この前出たウナギの本は冒険かな。
杉 ああ。『ウナギが故郷に帰るとき』。親子ものでありウナギものなんですよね。お父さんとウナギを釣って楽しんでた親子の会話が出てくる。なんか不思議なノンフィクション。
冬 ウナギの冒険ものとして入れておきましょう。あと冒険もので話題になったのが『猿神のロスト・シティ 地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せ』。古代遺跡を衛星で探したりするのが現代っぽい感じなんですよね。
杉 最近出た冒険ものとなると意外とないですからね。『猿神』も入れておきましょう。
東 あと『最期の言葉の村へ 消滅危機言語タヤップを話す人々との30年』(ドン・クリック/原書房)はどうかな。
杉 パプアニューギニアの村へ行くやつですね。言語ものは『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』という最強のがあるからなあ。『ピダハン』は外せないですよね。
冬 どちらかというと文化人類学ジャンルの筆頭ですけどね。
東 あれはどう? 『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫)。
冬 フロンティア的という意味ならそれよりも『人間をお休みしてヤギになってみた結果』のほうが。
杉 タイトルがもうバカバカしい(笑)。
東 どっちも著者がトーマス・トウェイツだからね。この人もとにかく変わった人なんだ。翻訳してるのはどちらも村井理子さんで、彼女は電話で取材したりもしてるんだけど…トーマスは途中で書くのが嫌になって放り投げたりしてるの。それでヤギになって帰ってこなくなったりして(笑)。そういった苦労があった末の出版ですから。
杉 あともう一冊。
東 ジャーナリスティックなものはその他に入れたほうがいいよね。七月に出た『ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦』という本がめちゃくちゃ面白かったんですよ。原爆投下後の広島の情報って一切統制されたのね。世界には原爆の後も広島は平和であるとニュースでは流していた。でもそんなはずないだろうと、ニューヨーカーの記者が潜入取材して、広島の現実を当事者たちにインタビューしてるの。それ自体が既に『ヒロシマ』という本になってるんだけど。この『ヒロシマを暴いた男』はその記者がどうやって潜入したかを書いてる。
杉 それは面白そうですね。
冬 これは〈フロンティア〉ですね。挑戦者ということで。
杉 あとは〈文化人類学〉。
東 『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』。これは絶対入れてほしい。アメリカや日本だけじゃなく、どこの国でも女性は下位に置かれていたということをデータで示してる本で、冒頭から面白いんですよ。ヨーロッパで雪が降っても除雪作業するのは道の中央がほとんどで歩道はやらない。なぜかというと歩道を歩くのは女性ばかりだから。それで女性のほうが転ぶ人が多くなる。道を歩くのは圧倒的に女性が多いのに歩道の除雪をなぜやらないのか。そうやって誰を中心にして考えるかということを提示してる。
冬 面白いですよね。どれだけ男女格差があるのかをデータで出してるのがとてもわかりやすい。あと文化人類学で外せないのは『銃・病原菌・鉄』ですね。
杉 鉄板ですね。
冬 鉄板だったら『サピエンス全史』も。
東 『サピエンス全史』はよかったんだけど、最後のほうとか私はもうひとつだったかな。
冬 まあエンタメ・ノンフィクションですよね。とにかく面白い。「なんかすごいこと言いだしたぞ!」みたいな(笑)。歴史系からはスティーブン・ピンカーも入れておきたい。やっぱり『暴力の人類史』かなあ。
杉 すごいタイトルですよね。
冬 あと文化人類学かどうか微妙なところなんですけど、昨年出た『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』も入れたい。
杉 文化人類学では僕も入れてほしいのがあります。『ラマレラ 最後のクジラの民』。
東 手銛でクジラを獲るやつね。インドネシアの。
杉 そうそう。そこにずっと住み着いてどうやって暮らしてるかっていうのを書いてる。これは面白かった。
東 そうだ、文化人類学だと『父さんのからだを返して 父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』も入れてほしい。
杉 エスキモーの。あれは名作ですよね。副題を見ただけですごいなと驚く。
東 かわいそうな話ですよね。標本にするって、衝撃的だった。あと『エロティック・ジャポン』はどうでしょうか。日本のことを好きになりすぎたフランス人が日本のいろんなエロを追う話(笑)。本当に面白いのよ。著者は女性で、フランスも性に関してはけっこうオープンな国なのに、それでも驚く。
杉 ジャパニーズ・ヘンタイに。
東 そう。で、それらがなぜセクシャルなのかっていうことも分析している。有名なのだとスカートめくりとかね。
杉 あれって日本だけなんですか。これは面白そうですね。まさに文化人類学っていう感じで。これで10冊になりました。あとはもう〈その他〉なので好きな本をどうぞ(笑)。
東 さっきの自転車はダメかな。『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『シークレット・レース』。
杉 入れましょう。流行本とその裏話本として。
東 その他となるといろいろ選べそうだね。
杉 僕は『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』は入れてほしいです。
冬 ああ、いいですね。ジャンル的にも他のどれにも入らないですしね。
杉 あとは『ノマド 漂流する高齢労働者たち』。これは映画より本のほうが面白いと思う。
東 じゃあ、私も『パリスの審判 カリフォルニア・ワインvs.フランス・ワイン』を入れてほしい。2007年の本なんだけど、ワインのテイスティングをする大会でカリフォルニアワインが初めてフランスワインに勝った時の話。今じゃ日本のワインが勝ったりするけど、当時は画期的で大変なことだったのよ。
冬 僕からは刑務所もので。このジャンルも面白いのいっぱいあるんですけど、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月』(パイパー・カーマン/駒草出版)。
東 あれは面白い。翻訳してるのはこれも村井理子さん。
杉 これからは村井理子さんと亜紀書房をとにかくマークしたほうがいい(笑)。
冬 女性刑務所の生活っていうのがめちゃくちゃ面白くて。マウント取り合ったりそこから友情が芽生えたりするのが学園ものみたいな感じなんですよ。
東 『アメリカン・プリズン 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』も面白かったね。
冬 面白かったですね。刑務所はとにかくむちゃくちゃな話ばかりなんで。
杉 アメリカって刑務所の運営も産業になってるんですよね。
冬 そう。ビジネスだからコストを下げれば下げるほど利益が出るというので、受刑者に医療が提供されなくなったり。ひどいんですよ。受刑者一人につきいくらってお金が出るので、とにかくたくさん、長くいればいるほど儲かると無理やり罰則を科して刑期延長させたりとか。
東 『復讐者マレルバ 巨大マフィアに挑んだ男』も面白かった。マレルバって雑草のことらしいのね。で、マフィアの中に潜り込んでいく。
冬 一人ひとり巨大マフィアのメンバーを闇討ちしていくんですよ。
杉 すごいな。今の日本じゃ絶対ありえないような出来事。
東 あとは『暴露 スノーデンが私に託したファイル』。FBIのデータが全部流出していくやつ。世界同時刊行だったんだけど、時差の関係で日本が一番初めに出るから、データの流出が絶対にないようにって、新潮社の人たちが肌身離さず隠し持ってたらしい(笑)。
冬 時期を逃した感がありますけど、『オリンピック秘史 120年の覇権と利権』はどうですか。もうみんな話題にしてない感じですけど。近代オリンピックがこの120年でどれだけ利権にまみれてきたかっていう。
杉 これは入れてほしいなぁ。IOCがどれだけ貴族になってるかみたいな話。
東 これで10冊か。刑務所本は一冊でよくない?
杉 『オレンジ』か『アメリカン』か。
東 村井理子さん訳が多いからここで削りましょうか。
杉 『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』を削る。でも村井さんの貢献は本当にすごいですね。表彰したいくらい。
冬 最後に一冊追加ですね。
東 『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』はどうでしょう。終戦後にイギリスで孤児が増えちゃったんだけど、それをどうしたかっていうとまとめてオーストラリアに送っちゃったのよ。
杉 本当だ。信じられない!
東 人身売買とまではいかないんだけど、子どもたちが船に乗せられてオーストラリアのあちこちに送られて、それで性奴隷にされちゃってたのよ。農場へは労働力としてだったりもするんだけど、なかには教会なんかもあって。当時は聖職者でも幼児性愛とかいたからね。で、自分たちはどうしてそうなったのかというのを調べてほしいという声が上がって一人の女性ジャーナリストが立ち上がるんだけど、そこでその女性も命を狙われるようになる。
杉 これはぜひ入れましょう。児童移民。初めて聞いた。
東 もう絶対みんな知らないだろうなって本がいっぱいありますよね。
杉 海外ノンフィクションってそういうのが多いですよね。だから一人で宝物のようにして読んでるんだけど、同好の士には全然会えないという(笑)。
冬 そうなんですよね。
東 でも今日の本はどれ読んでもみんなが面白いと思う本だと思うから。
杉 そうですね。では、これで全五十巻決定としましょう。
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●自然科学
1. フェルマーの最終定理 サイモン・シン/青木薫訳 新潮文庫
2. レナードの朝 オリヴァー・サックス/春日井晶子訳 ハヤカワ文庫NF
3. クリスパー ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ/櫻井祐子訳 文藝春秋
4. 闇の脳科学 ローン・フランク/赤根洋子訳 文藝春秋
5. 重力波は歌う ジャンナ・レヴィン/田沢恭子、松井信彦訳 ハヤカワ文庫NF
6. 地球最後の日のための種子 スーザン・ドウォーキン/中里京子訳 文藝春秋
7. 大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件 カーク・ウォレス・ジョンソン/矢野真千子訳 化学同人
8. ザ・ビッグイヤー マーク・オブマシック/朝倉和子訳 アスペクト
9. 神なるオオカミ 姜戎/唐亜明、関野喜久子訳 講談社
10. がん シッダールタ・ムカジー/田中文訳 ハヤカワ文庫NF
●事件もの
11. 黒い迷宮 リチャード・ロイド・パリー/濱野大道訳 ハヤカワ文庫NF
12. なりすまし スザンナ・キャハラン/宮﨑真紀訳 亜紀書房
13. 黄金州の殺人鬼 ミシェル・マクナマラ/村井理子訳 亜紀書房
14. ホット・ゾーン リチャード・プレストン/高見浩訳 ハヤカワ文庫NF
15. その名を暴け ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー/古屋美登里訳 新潮社
16. 裏切り者 アストリッド・ホーレーダー/小松佳代子訳 早川書房
17. 花殺し月の殺人 デイヴィッド・グラン/倉田真木訳 早川書房
18. 最初の刑事 ケイト・サマースケイル/日暮雅通訳 ハヤカワ文庫NF
19. 未解決事件(コールド・ケース) マイケル・カプーゾ/日暮雅通訳 柏書房
20. FBI心理分析官 ロバート・K・レスラー、トム・シャットマン/相原真理子訳 ハヤカワ文庫
●フロンティア、挑戦者
21. マネー・ボール マイケル・ルイス/中山宥訳 ハヤカワ文庫NF
22. これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル/鬼澤忍訳 ハヤカワ文庫
23. 風をつかまえた少年 ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー/田口俊樹訳 文春文庫
24. 空へ ジョン・クラカワー/海津正彦訳 ヤマケイ文庫
25. 「第二の不可能」を追え! ポール・J・スタインハート/斉藤隆央訳 みすず書房
26. ウナギが故郷に帰るとき パトリック・スヴェンソン/大沢章子訳 新潮社
27. 猿神のロスト・シティ ダグラス・プレストン/鍛原多惠子訳 NHK出版
28. 人間をお休みしてヤギになってみた結果 トーマス・トウェイツ/村井理子訳 新潮文庫
29. エンデュアランス号漂流 アルフレッド・ランシング/山本光伸訳 新潮文庫
30. ヒロシマを暴いた男 レスリー・M・M・ブルーム/高山祥子訳 集英社
●文化人類学
31. 人喰い カール・ホフマン/古屋美登里訳 亜紀書房
32. ピダハン ダニエル・L・エヴェレット/屋代通子訳 みすず書房
33. 存在しない女たち キャロライン・クリアド=ペレス/神崎朗子訳 河出書房新社
34. 銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド/倉骨彰訳 草思社文庫
35. サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ/柴田裕之訳 河出書房新社
36. 暴力の人類史 スティーブン・ピンカー/幾島幸子、塩原通緒訳 青土社
37. ブルシット・ジョブ デヴィッド・グレーバー/酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹訳 岩波書店
38. ラマレラ ダグ・ボック・クラーク/上原裕美子訳 NHK出版
39. 父さんのからだを返して ケン・ハーパー/鈴木主税、小田切勝子訳 早川書房
40. エロティック・ジャポン アニエス・ジアール/にむらじゅんこ訳 河出書房新社
●その他
41. ただマイヨ・ジョーヌのためでなく ランス・アームストロング/安次嶺佳子訳 講談社文庫
42. シークレット・レース タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル/児島修訳 小学館文庫
43. 誰が音楽をタダにした? スティーヴン・ウィット/関美和訳 ハヤカワ文庫NF
44. パリスの審判 ジョージ・M・テイバー/葉山考太郎、山本侑貴子訳 日経BP
45. アメリカン・プリズン シェーン・バウアー/満園真木訳 東京創元社
46. 復讐者マレルバ ジュセッペ・グラッソネッリ、カルメーロ・サルド/飯田亮介訳 早川書房
47. ノマド ジェシカ・ブルーダー/鈴木素子訳 春秋社
48. 暴露 グレン・グリーンウォルド/田口俊樹、濱野大道、武藤陽生訳 新潮社
49. オリンピック秘史 ジュールズ・ボイコフ/中島由華訳 早川書房
50. からのゆりかご マーガレット・ハンフリーズ/都留信夫、都留敬子訳 日本図書刊行会