研究にはいろいろな分け方がある。ひとつは、役に立つか立たないかという分類だ。よく議論になるが、これは落とし所はほぼ決まっていて、現時点では役に立たないかもしれないけれども、将来的に役に立つかもしれないからやるべき、ということになっている。極めて反対しにくい結論であるが、いささかの嘘が入っていると言わざるをえまい。実際にやってきた本人が言うのだから間違いない。
もうひとつ、おもろいかどうかかという、まったく違った分け方もある。これら二通り、すなわち(役立ち度×おもろい度)で、大きく四つの象限に分けることができる。(役立つ×おもろい)というのが最高なのは間違いない。もちろん最低は(役立たない×おもろくない)である。そんな研究だれがやるねん、と思われるかもしれないが、学会に行くとそんな研究がわんさか発表されている。(役立つ×おもろくない)は、しかたないなぁといったところか。最後、四つ目の(役立たない×おもろい)は評価がわかれるところである。最大の理由は、おもろいかどうかは、どうしても主観的な判断にならざるをえないからだ。あるいは、逆に考えると、その研究を他人におもしろがらせることができるかどうか、その能力にかかっていると言ってもいい。
この本、第1章の内容はカブトムシの角(ツノ)の作られ方だ。わかったところで何ら役にたちそうにない。はて、あなたはおもろいと思われるだろうか。この本の著者・近藤滋は、魚の縞模様がどのように作られるかの研究で有名な研究者である。大阪大学生命機能研究科での同僚教授であり、四半世紀ほど前にはノーベル賞の本庶佑先生の下で、苦楽を、じゃなくて、苦苦をともにした仲という旧知でもある。
近藤滋は、さしておもしろくなさそうなことを本気でおもしろがり、それを周囲にも波及させることを得意技としている。まぁ、ある種の詐欺師と言えなくもない研究者である。第一章のタイトル、普通なら『カブトムシの角はどう作られるか』とかだろう。それが『特撮ヒーローもうらやむリアル変身技法』になっている。どう考えても盛りすぎである、基本がピーヒャラ笛やねんから、絶対うらやましがったりせえへんぞ。
しかし、おもろいかおもろないかといえば、むっちゃおもろいのだ。考えたこともなかったが、不思議といえば不思議である。芋虫みたいなカタチをした幼虫からサナギに変態する段階で完全にトランスフォームしている。ということは、幼虫の段階で、角の元=角前駆体がすでに作られているはずだ。それを確認するために、変態前の幼虫の腹部を指で圧迫したのがこの写真だ。ちょっとかわいそうだが、いたしかたなし。
おぉ、すごい!よく夜店で売られている「吹き戻し」あるいは「ピロピロ笛」とか「ピーヒャラ笛」と呼ばれる、「プラスチックの吹き口とつぶれて丸まった紙筒からなる。息を吹き込むとピーという音とともに紙筒が伸びて、吹くのをやめると先の方からクルッと戻ってくるというもの」(ウィキペディア)と同じではないか。どうでもいいが、ピーヒャラ笛の8割は淡路島で作られているという超小ネタをついでに紹介しておいて、話題を元に戻す。
ということは、ぴよ~んとなる段階よりも、その元である角前駆体に、角のようなカタチになる皺がどう刻み込まれているいるかが重要、ということがわかる。で、シミュレーションやら、必要な遺伝子の解析をおこない、そこそこ複雑なメカニズムであることがわかっていく。こういったメカニズムの「普遍性のある原理の発見に至れば、重要性は極めて高い」というのは、かなりの眉唾だが、ゲノム編集とかでむっちゃ格好いい角のカブトムシを作ることができれば、多少の経済効果はあるような気がしないでもない。
次の写真をご覧いただきたい。いったい何だと思われるだろう?
上部にくっついている「飾り」に気を取られすぎると、何だかわからない。しかし、その部分を隠すと、なんだか見覚えがないだろうか。セミの仲間、ツノゼミなのである。セミはサナギにならないので、その幼虫から成虫への脱皮はこんな感じになる。
ツノゼミ、変態!というか、宇宙戦艦、発進!、という感じだ。その間たったの20分なので、こちらも角前駆体が折りたたまれているに違いない。話はちょと複雑なので、この本を読んでもらうとして、近藤滋はこの研究のために文部科学省の大型研究費を取得し、わざわざコスタリカまで出張しとるのである。なんでも、そのヒアリングでは、ソフトビニールのカブトムシを持って行って、審査員の前で膨らましてだまくらかしたらしい。そういえば、数年前、コスタリカにいっしょに行きませんかと誘われた記憶がある。行っといたらよかったなぁ。このツノゼミの話が第二章で、こちらのタイトルはおとなしい気味に『ツノゼミの究極奥義が創り出すアートな造形』となっている。
昆虫のカタチが二章続いた後は貝殻について、『硬い鎧の制約が生む貝殻のバラエティ』と『意識と無意識の境界』というハッタリかましまくりの題が付けられた二つの章へと話は移る。考えてみたら、軟体動物のくせにあんなに固い殻を作るとはけしからん、こともないか。知らなかったが、外套膜、ホタテ貝でいうと「貝ひも」にあたる組織が貝殻の成分である炭酸カルシウムを分泌し、それを成型しながら結晶化させるという。外套膜がひねりを入れながら縄文土器を作るようなものだ。えらいおもろいやないか。
いろいろなカタチの貝殻があるが、カタチ作りの基本原理は5つのパラメータに落とし込むことができるそうだ。これについてはシミュレーションソフトがあるので、パラメータを変えながら自在にお好みの貝殻を作ってみてほしい。原理はシンプルみたいだけれど、貝殻によって外套膜がどうやってこんなパラメータを使いこなし分けているのかは不思議でたまりませんな。
あと『部品を組み立てて作る深海のスカイツリー』、『海底のミステリーサークルの謎を追え!』、『細胞たちがオセロで遊び、皮膚の模様が現れる』など、怪しげなタイトルの章立てが続いて全10章、不思議でおもろい研究内容が紹介されていく。
そういったサイエンティフィックな話だけでなく、畏れ多くも、皇后陛下(今の上皇后)から下されたご質問に答えられずにいたところを、天皇陛下(今の上皇)に助けられた『陛下に一本取られた話』、『ジャパネットたかた社長に学ぶ学会発表の極意』、『猿の惑星リアル化計画』とかいう、章のあいだにはさまれたコラムの方がおもろいかもしらん。そんなこというたら元も子もないかもしらんけど。
『おわりに~宝の地図の見つけ方』もいい。どんな経緯でそれぞれの研究を開始したかの解説である。単に「面白いなぁ」で済ませずに、面白がって掘り下げていく。それこそが、役に立たないおもろい研究の極意とする。これって、研究だけじゃなくて人生にも通じるんとちゃいますかねぇ、近藤先生。
近藤滋先生の前作であります。今回の本は、これの続編ということになっておりまする。