『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第4回:「この種」から何を学ぶか

2021年10月27日 印刷向け表示
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絶滅魚クニマスの発見: 私たちは「この種」から何を学ぶか (新潮選書)

作者:中坊 徹次
出版社:新潮社
発売日:2021-04-21
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山梨県西湖でクニマスが生きていることがわかった。でも、わーい、よかったよかった、チャンチャン、では話は終わりません。さあ、ここから先、どうすればいいのか。どうしたいのか。あなたならどうする?

少し話を戻しますと、絶滅魚クニマスの発見にからんでDNA解析が大きな役割を果たすだろうということは、わたしでも想像がつきました。実際、DNA解析の威力はすごい! ですが、DNA解析に負けないほどの力を、生態学的研究がもっているとは、正直、想像していませんでした。このふたつ(DNA解析と生態学的調査)は、車の両輪だったのですね。ごめんなさい、生態学研究を舐めてました。生態学とか分類学とか、まったくの門外漢なのですよわたし。お魚の、「幽門垂」とか「鰓耙」とかいった細かいパーツの数を、顕微鏡を使ってコツコツ数えあげるといった地道な作業に、自然と生物のインタープレーを明らかにするうえでこれほどの力があろうとは…..。 

もしかするとそんな地道な研究は、光学望遠鏡や電波望遠鏡や重力波望遠鏡による観測がそれぞれ新たな宇宙の姿を見せてくれるように、自然を知るための強力な道具なのかもしれません。生物種の生態は、自然を映す鏡なのかも….。だって、生物は、自然環境の変化のなかで形づくられ、自然とともに変化していくのですから。

わたしにとってもうひとつの学びは、生態系の複雑さでした。いやもちろん、わたしも21世紀に生きる人間ですから、エコシステムが複雑だってことぐらいは知ってます。でも、西湖クニマスの保全のためには、西湖で現在行われているヒメマス釣りは継続すべきだという、中坊先生のたんねんな議論を読んでいくうちに(ボーっと読んでると、議論についていけないよ!w)、この問題のデリケートさを垣間見た思いがしました。

ヒメマス釣りは、続けたほうがよい。ヒメマスにまじってクニマスも釣られちゃうんだけど、それでも続けたほうがよい。一定の管理下でヒメマスのふ化放流と釣りを継続するほうが、実はクニマスの保全にもつながるというのです。そういうこと(この場合は、ヒメマス釣りの影響)を、いちいちたんねんに検討しないと、クニマスの保全もヒメマスの保全もおぼつかないんですね。むむ、パラメーターが多すぎて、頭が爆発しそう….. この件について、中坊先生の言葉を引用したいと思います。

ヒメマス釣りのためにしていることが期せずしてクニマスを守っていると言ってもよい。今のところ、ヒメマス釣りとクニマス保全はバランスが保たれていると言えるだろう。ヒメマス釣りは西湖の人々の生活の一部でもあって、クニマスとの共存とはこういうことを意味しているのである。

とくに最後のワンセンテンス(「西湖の人々の生活の一部でもあって」というくだり)、中坊先生、力を込めて言っていると思いますよ。

さて、場面は変わって田沢湖です。田沢湖では1975年に玉川毒水対策技術検討委員会が設定され、中和のための努力が続けられてきました。目標はpH.6 ですが、今のところはまだpH5.3だそう(本書刊行時点)。クニマスが棲める状態にはなっていません。

問題はpH.だけではありません。湖岸の状態も大きく変わってしまった。もともと、湖の縁から急に深くなる田沢湖、水位が高かったおかげで守られてきた岸が、湖水利用によって水位が最大14メートルも下がり(現在は3メートルまでに制限されているそうですが)、あちこちでドンガラガッシャーンと岸が崩れた(「ドンガラガッシャーン」というのはわたしの想像です。実際には、もっと地響きのような感じの音なのかもしれません)。その音で、夜中に目を覚ます人もいたそう。湖は、見た目にも形を変えてしまったのです。

さらに、見た目ではわからない変化もあります。玉川毒水導入後、ほとんどの魚はいなくなった。残ったのは、酸性水に強いウグイのみ。秋田では雑魚(ざっこ)と呼ばれている魚です。その後さらに、1966年、青森県恐山宇曽利湖産の、酸性に強いウグイが放流されている。今の田沢湖は、ウグイワールドなのです。この点についての中坊先生の言葉です。

湖水の質、生物、湖岸の人々の暮らしはすべて変わってしまった。

そう、今の田沢湖は、クニマスが「約束」をした田沢湖ではない。エコシステムが、まるで別のものになっている。さらに、

生物がほとんど棲めない世界になっている田沢湖を元に戻すため、農業と発電に関係した現在の水システムを廃棄するべし、という声もあると聞く。しかし、問題はそのように単純ではない。農業とエネルギーは我々の生活にとって欠かせない。時計の針を戻すことはできないし、現在の状態から出発するしかないのだ。田沢湖の漁業を復活させるなら、農業とエネルギーとともにある三者並立の道しかない。

クニマスの里帰りとは、なんなのか? 考えさせられます。

西湖でクニマスが生きていることがわかった後の2017年、田沢湖畔に、「田沢湖クニマス未来館」が開館しました。未来館の中では、西湖からやってきた生きたクニマスが、水槽の中で泳いでいるのが見られるそうです。

わたしは近い将来、きっと田沢湖を訪れてみるつもりです。そして、秋田駒ケ岳を望む日本最深の田沢湖と、その湖畔の「クニマス未来館」の水槽内で泳ぐクニマスを見てみたい。昔の状態に戻すという観点からは、クニマスと田沢湖の未来はバラ色とは思えません。それでも、田沢湖畔の水槽で泳ぐ、生きたクニマスに会いに行きたい。わたしはクニマスの物語に多くを教えてもらった。だから、会いに行きたいんです。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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