地球は「生命の惑星」と呼ばれ多種類の生物が生息している。これは厳しい環境の宇宙空間では極めて稀なことで、生命の維持に必要な安定した環境があったからだ。
宇宙の中で生命が生きられる場所を、「生命居住可能領域」(ハビタブルゾーン)と呼ぶ。実は、生命にとって最も重要な物質は、熱しにくく冷めにくい水の存在である。地球は表面の7割を海が占めるが、ここに貯えられた大量の水が地球環境を安定に保つ鍵となった。
本書は壮大な宇宙の歴史の中で地球が「生命の惑星」となるプロセスを、科学に疎い一般読者向けに分かりやすく解説した啓発書である。副題に「ビッグバンから人類までの地球の進化」とあるように、宇宙の誕生から惑星環境の変化、人類の未来まで、言わば小説のように叙述している。
宇宙は今から137億年前に誕生し、生命が地球上に出現したのは38億年前だ。こうした日常とはかけ離れた時間軸で展開されるストーリーを、最後まで読ませる文章力は尋常ではない。
著者は米国科学アカデミー会員を勤めた地球科学の第一人者で、上下巻で690ページあるにもかかわらず、見事な比喩を用いながら最後まで飽きさせない。たとえば、地球の歴史を知る上で不可欠の「放射年代測定」を、預金口座の入出金で説明する。評者もよく使うテクニックで、100万年は100万円に置き換えるとイメージしやすくなるのだ。
さて、地球環境を安定に保つには液体の水が必要と述べたが、太陽系の中でも、地球は特異的に水が豊富な「水惑星」である。約46億年前に地球が誕生して以来、さまざまな偶然が重なって、現在まで液体の水が保持されてきた。
今から50億年ほど前、地球は太陽をめぐる第3惑星として形成された。このとき、たまたま太陽と絶妙の距離にあったことが、その後の生命誕生の大きな要因となった。
たとえば、地球より太陽に近い場所に金星があり、遠い場所に火星がある。いずれも太古には水が存在していたが、いまではほとんど消滅している。
そもそも惑星の環境を支配する大もとは、太陽から届く放射エネルギーだ。金星では太陽から受けるエネルギー量が地球の倍ほどある。その結果、表面にあった液体の水は次第に蒸発し、気体の水蒸気となった。
実は、水蒸気には二酸化炭素と同様、エネルギーを逃がさない「温室効果」がある。そのため、金星表面では水の蒸発が加速し、ついに液体の水は消滅した。こうした現象は「暴走温室効果」と呼ばれている。
一方、地球の外側をまわる火星では、太陽との距離が遠すぎたために冷え切った。そのため、火星の誕生時にあった水は、すべて凍り付いたのである。また、火星の直径が地球と比べて小さかったため、大気は宇宙空間へ逃げてしまった。
大気を火星表面につなぎ止めておくだけの重力が不足していたからだ。その結果、火星の大気は極端に薄いものとなり、表面を暖める温室効果が生まれなかった。
こうして見ると、太陽からの距離と程よい温室効果が、地球生命にとって如何に好都合だったかが分かる。地球の歴史を振り返ると、海が誕生したのは40億年前で、38億年前から生命の痕跡が見つかっている。すなわち、地球だけが生命維持に必要な条件を備え、生命居住可能領域を持つこととなったのである。
では、将来の地球上で、生命はいつまで存続可能だろうか。現在の太陽は、1億年当たり約1%の割合で徐々に明るくなっている。そのため地球が受け取るエネルギー量が増えつつあり、今から約10億年後には地表の温度は100℃を超える。
こうなると地球上では液体の水が一切存在できない。逆に言えば、そうなる前に38億年もの時間をかけて、生命が進化する時間的な余裕があったというわけだ。豊かな海の水に支えられた生命居住可能領域があったおかげで、地球上の生命は我々人類にたどり着くまで連綿と生き延びることができたのである。
こうした描像は、地球にまつわる全情報を総合化することで可能となる。一方、科学は「要素還元主義」、つまり対象をできるだけ細分化することで自然現象を理解してきた。たとえば、物理学を創ったガリレイや精神と物質を分離したデカルトなど、みな現象を要素に分けることで本質を掴んだのである。
それに対して、地球はあまりにも複雑なので、化学・生物学・地質学からはては歴史学や経済学まであらゆる学問を総動員しないと全体像が見えない。よって地球科学は「全体論」の学問であり、他の科学とは全く異なる側面を持つ。本書はこうした本質を、地球という稀有の惑星に誕生した生命を追うことで、全体像を見事に描出してくれるのだ。
現在、世界中で問題となっている地球温暖化についても、本当の原因は何なのか、今後もそのまま続くのか、専門家の間で意見が分かれている。
これは現象を捉える「視座」が違うからで、数十年単位のミクロで見れば、最近30年で平気気温は0.5度上昇して温暖化に向かっている。一方、数万年単位のマクロの視点では、現在は暖かい「間氷期」にあり、これから温度が下がって氷河期へと移るのは確実だ。
こうした長い時間軸の思考、すなわち「長尺の目」を養うためにも、本書のような数十億年のスケールで物事を見る必要がある。「過去は未来を解く鍵」という地球科学の基本姿勢を知る上でも、恰好の材料を提供してくれる。
もともと科学には「価値判断」が準備されておらず、起きた事実だけ見つめて価値や是非を判断しないようにしている。実は、その弱点につけ込まれてしまったのが地球環境問題で、科学者が得た事実は事実として弁えた上で、次にどう判断すべきかを国民一人ひとりが考えなければならない。
そして本書にはそれを考える基盤が丁寧に叙述されており、理工系の新書を100冊読むぐらいの内容があると言っても過言ではない。さらに著者が生命の歴史全部を執筆したことで、一貫した「哲学」を開示することに成功している。
地球の歴史に記録された驚くべき事実を説明するストーリーテラーとしても並外れており、『地球の歴史』(中公新書、上中下 全3巻)を上梓した評者も大いに脱帽した。世界を「長尺の目」で認識するため絶好の科学書として薦めたい。