ネコ好きの人はもちろん、そうでない人にとっても朗報だ。ネコを飼った経験のある方はご存じかもしれないが、ほとんどのネコは老齢になると腎臓病にかかり、その多くは長く苦しんだ末に死んでしまう。しかし今、この腎臓病を治すための研究が進んでいるという。
もしこれが実現すれば、ネコの寿命は現在の2倍、30歳程度まで延びる可能性がある。それだけでなく、ネコを対象としたこの研究の成果により、ヒトの病気の治療にも明るい展望が開け始めているのだ。
本書では、これまでの医療では「治せない」といわれてきた病気を治すことができる分子「AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)」の発見と、それを実際の医療に活かすための研究の過程がきわめてわかりやすく紹介されている。
そもそもAIMとは何か。ひと言でいうと血液の中に数多く存在するタンパク質の一種である。その役割は長いこと不明だったが、死んだ細胞を掃除するための要となるタンパク質であるとわかった。
では、なぜAIMが病気の治療に役立つのか。現在治せないといわれている腎臓病、自己免疫疾患、アルツハイマー型認知症などの病気には、ある共通点がある。それは、身体から出た何らかの「ゴミ」が溜まった結果として病気が発症する、というメカニズムだ。AIMはそうした「ゴミ」を片付けることによって、病気を抑えるのだという。
人間の身体にはもともと、死んだ細胞を片付ける貪食作用というプロセスが備わっている。AIMは「ゴミ」に特異的にくっつき、それを貪食細胞に効率よく食べさせる。掃除を促すということだ。
このような研究の過程だけでも十分に興味深いのだが、本書からはビジネスに関しても多くの示唆を得られる。1つは、ブレークスルーを起こすには、専門分野のみに固執せず、アンテナを広くはりめぐらせておくのが重要であるということだ。
著者の本職はヒトを対象とする基礎医学の研究者で、ネコの研究に足を踏み入れたのは偶然が重なってのことだった。だが、そこで得られた結果をヒトの医学にフィードバックすることで、ヒトのAIMに関する研究も大きく加速した。こうした事例に触れると、専門分野に閉じこもってしまった場合の機会損失の多さに、改めて気づかされる。
また、ゴミ掃除のメカニズムに到達するまでの大きなヒントは、ある経済人の言葉から得たそうだ。たまたま耳にした発言をきっかけに、「掃除のメカニズムは、もともと体に備わっているはずだ」と、課題を捉え直したという。これもオープンマインドがイノベーションにつながった好例といえそうだ。
著者が分野を横断しながら、システム思考で研究を推し進めたことが、応用範囲を広げたようにも思える。例えば正常でない形をしたタンパク質断片の「ゴミ」が脳に溜まることで起こるアルツハイマー型認知症、また脂肪細胞の中に余分な脂肪が溜まることによって引き起こされる脂肪肝などの治療にも、確かな希望が見え始めているという。
偶然の産物として活路が見いだされる。しかし、その偶然も、ただ待っているだけでは、やってこないのだ。
※週刊東洋経済 2021年9月25日号