今から10年前の2011年は私のような地球科学者にとって青天の霹靂とも言える東日本大震災が発生した年だ。この年の7月15日、まだ震災の混乱が収まらぬ中でインターネット書評サイト「HONZ」が誕生した。
10周年を迎えた今夏、紹介した総計3000冊の中から100冊を厳選した『決定版-HONZが選んだノンフィクション』が中央公論新社から刊行された。科学・歴史・経済・美術・ビジネスなど、あらゆる分野の「ゼッタイ読むに値するノンフィクション」がコンパクトに提示され、読書を楽しむジャンルがさらに広がったと思う。
これが現代の「オススメ本」とすれば、過去の名著から何から読めばよいかを骨太に指南したブックガイドが、堀内 勉『読書大全』(日経BP)である。副題に「世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊」とあるように、第1部「人類の知の進化」および第2部「人類の歴史に残る200冊」という構成からなる488ページもの大冊だ。
具体的な中身は①資本主義・経済、②宗教・哲学、③国家・政治、④歴史・文明、⑤自然・科学、⑥人生・教育、⑦日本論という7ジャンルで、選書された200冊はいずれも申し分のない世界の名著である。
著者は森ビルCFOなどを経て多摩大学社会的投資研究所教授を務める経営の専門家で、読書の達人としても名高い。特に社会でリーダーとなる人材には重厚な作品の読書を通じた思考訓練が必要という視座から、最も身近な資本主義の古典から紹介が始まる。
まず私が感心したのは、アダム・スミスを取り上げる際に定番の『国富論』(岩波文庫)とともに『道徳感情論』(講談社学術文庫) を選んだ炯眼である。教科書でも知られる「見えざる手」の概念を世に出す前に、スミスは人間が本来もっている他者に対する「共感」の重要性を『道徳感情論』で論じていたからだ。これこそ現代の行き過ぎた資本主義を糺す基本理念の書であり、ここから考え始める必要があるのだ。
もちろん、自分に興味があるジャンルの本から読めば良いのだが、冒頭の「はじめに」と「序章」は、後でもよいからぜひ目を通して欲しい。著者が渾身の力を込めて「ビジネスリーダーに求められる読書」について熱く語っているからだ。
序章の「学問の構造と本書の構成」は、40年以上アカデミアに携わってきた私からみても見事な学問論となっている。しかも「学者のための学問」ではなく「人間の営みのための学問」を考えて本書を編んだ意図が、明確に伝わってくる。
私も京大の教養教育で、『座右の古典』(ちくま文庫)に選書した50冊の古典読書による人材養成をもくろんだ。同じく著者の名著への思い入れも生半可(なまはんか)ではなく、「人類の歴史と叡智」を知ることこそ社会を変える力となると確信する。「そうすることで、読者の皆さんが、数千年の人類の歴史を見方につけることができる」(『読書大全』9ページ)という意気込みがまさに感動的だ。
こうした志は「知」のアウトリーチ(啓発・教育活動)に必須の条件で、文章はきわめて平易である。さらに初心者への配慮が随所に見られ、著者の人格がにじみ出ている好著なのだ。本書をきかっけに名著の敷居を低くし、古今東西の人間が考えてきた蓄積の素晴らしさを堪能していただきたい。
ちなみに、講演会でよく受ける質問に「ビジネスパーソンに必要な教養は、どうインプットすれば良いのでしょうか?」がある。私は迷わず「読書が最も効果的だ」と助言する。しかも今はやりの手っ取り早い実用書ではなく、古典籍をじっくりと読む。その入り口として『読書大全』から繙いていただきたい。