歴史の影で忘れ去られていた女性暗号解読者たちの活躍に光を当てるノンフィクション──『コード・ガールズ――日独の暗号を解き明かした女性たち』
近年、ロケットのための計算に明け暮れていた女性たちを描き出したノンフィクション『ロケットガールの誕生』や、ディズニー初期の女性アニメータたちの活躍を取り上げた『アニメーションの女王たち』など、歴史の影で見過ごされてきた女性たちの活躍を取り上げるノンフィクションが増えてきている。今回紹介したい『コード・ガールズ』も、第二次世界大戦中にアメリカ軍に所属し暗号解読に従事した女性たちの活躍を取り上げた、流れに連なる一冊だ。
第二次世界大戦時に暗号解読分野で女性が活躍していたという話は、本書を読むまでまったく知らなかったが、実は1945年にはアメリカ陸軍の暗号解読部門1万500人のうち、約7000人、つまり70%ほどが女性だったし、海軍にも4000人もの女性暗号解読者がいた。両者を合わせれば、女性は1万1000人で、当時のアメリカの暗号解読者総数2万人のうち半数以上にのぼる。
終戦後、暗号解読者たちがどのような仕事をしていたのかが公表され、ニューヨーク州選出の下院議員クラレンス・ハンコックは議場で『わが国の暗号解読者たちが……日本との戦いにおいて、ほかのどのような男たちの集団と比べても劣らぬほどの、あの戦争を勝利と早期の終結に導くための貢献を行ったと信じている』と述べた。その時も、それ以降も言及されることはなかったが、その構成員の大半は女性たちであったのだ。
なぜそんなに女性が多かったのか?
そもそも、なぜ暗号解読部門に女性が多かったのかといえば、状況は複雑に絡み合っているが、まず暗号解読の重要性が、第二次世界大戦に突入するにあたって飛躍的に高まっていたことがあげられる。そして、そのわりにアメリカのインテリジェンス機関は脆弱で、日本に真珠湾攻撃を許してしまうような状況にあったので、立て直しにやっきになっていた。また、女性側の動機としては、教育を得た女性の働き口が少なく(教師ぐらいしかなかったという)、大学で高度な教育を受け、それを活かす先を求めていた女性がそれなりの数いたことなども関係している。
そうした状況が合わさって段階的に女性の登用がはじまったわけだが、特筆すべきポイントとして、1941年にアメリカの海軍少将が名門女子大の学長に暗号解析の訓練を受ける学生たちを選抜してくれないか、と手紙を送ったことがあげられる。学長は他の女子大にも働きかけ、最終的にはクラスで上位一割に入る、アメリカにおけるトップ層の女性たちが集められることになる。彼女たちは秘密裏に集められ、外では暗号解析に関わる言葉を発すことを禁じられた。
海軍あるいは陸軍の呼びかけに応じた女性たちには、置かれた環境は異なってはいても、いくつかの共通点があった。頭がよく才覚があり、女子教育がほとんど奨励されず、その見返りもあまりなかった時代において、状況の許すかぎり学問を身につけようと努力していた。数学か科学か外国語のどれかに習熟していた。三つとも得意な者もたくさんいた。忠実で愛国心があった。冒険心があり意欲的だった。それでいて、足をふみいれようとしている極秘の職務につくことで世間からの賞賛を得ようとは望んでいなかった。
女性にたいする教育に逆風が吹いている状況でなお学ぶことを諦めなかった人々なのである。そんなに優秀な女性たちがいたのであれば、なぜそのことがそれほど有名になっていないのか? という次の疑問がわいてくるが、当時は引用部にあるように、女性が功績にたいして積極的に賞賛を得ようと望んだり、実際に評価を受けることがあまりない時代だった。上層部にいくこともなく、歴史を記録したり回顧録を書いたりといったこともなかった。
最近になって立て続けに、このような失われそうだった女性たちの歴史に光をあてる本が出ているのは、今書き残さねば、もはや当時のことを語れる人物が完全にゼロになってしまう、という危機感もあるのだろう。
暗号解読という仕事
暗号解読者の仕事にはいくつかの難度があったという。ひとつは「初心者」、「重ね合わせ担当者」、そして「読解担当者」。たとえば、初心者のうちは、4桁の数字が並んだものを与えられ、そこにひそむ法則を見つけるように指示されるとか。通信分の冒頭は通信局や属している組織を示すことが多いから、そうした山勘をはりやすい部分を担当させられていたようだ。
とはいえ、結局は地道な仕事である。分類し、整理し、膨大な素材から法則性を見つけ出す。通常、暗号は元の文章や単語を別の数字や単語に置き換え、そこにいくつもの変化を加えて送信する。たとえば、一度暗号化したものをさらに別の方法で暗号化したり、暗号化した内容に乱数を加えたり、暗号化した横向きの文章を、縦向きで送信するなど。そんな複雑な工程を経たものを簡単に解読できるわけもなく、暗号解読者らは神経と時間をすり減らしながら向き合っていく。
暗号解読にもっとも有用な能力のひとつが記憶力であるが、優れた記憶力をもつひとりの人間よりも唯一望ましいのは、優れた記憶力をもつ大勢の人間である。敵の通信を個々のシステムに分割すること、点在する偶然の一致に気づくこと、索引とファイルを整備すること、莫大な量の情報を管理すること、ノイズのなかから信号を拾うこと、といった暗号解読のプロセスにある個々のステップをふむことで、直感的な飛躍が可能になった。
本書では、具体的に日本が用いていたパープル暗号などが実際にどのような手法で暗号化されていて、それを女性らがどう解き明かしていったのかというかなりテクニカルな内容にも踏み込んでいて、本格的な暗号ノンフィクションとしても十分な読みごたえがある。
おわりに
暗号解読者たちは、自国の誰よりも早く戦争に関するニュースを受け取る人たちでもある。その事実が端的にあらわれているのが、日本の降伏を伝える通信で、暗号解読者たちと翻訳者は、それがスイスの日本大使館に送信された時すぐに傍受・解読し、アメリカの誰よりも先にその情報に触れた。その時の喝采や盛り上がりといったものも、本書では丁寧に触れられている。
依然として世の中には女性は理数系に向いてないという偏見が存在しているが、このように暗号解読に主力として従事していた女性たちが存在することを知れば、そうした偏見も覆るのではないだろうか。彼女たちの活躍は、アラン・チューリングなど暗号解読において伝説的な名声を残している男性らと比較して、まったく劣るものではないのだから。