『安いニッポン』というタイトルは、少し前ならキャッチーなものだったかもしれないが、今となってはうら寂しく感じられる。多くの国民が、世界の先進国と比べると自分たちは「下流」だ、ということに薄々気づいてしまっているからだ。
本書は、一昨年、日本経済新聞に掲載された「安いニッポン」シリーズをベースに、新たな取材から得た話などを盛り込み書籍化したものだ。連載時とくに反響が大きかったのは、「『年収1400万円は低所得』人材流出、高まるリスク」の記事だったという。
米住宅都市開発省がサンフランシスコで年収1400万円の4人家族を「低所得者」に分類した一方で、日本で最も平均所得の高い東京都港区でも平均年収は約1217万円。つまり日本の富裕層居住エリアとされる港区でも、平均所得はサンフランシスコの「低所得」並みなのである。
また、世界のディズニーランドの大人1日券の料金を見ると、東京ディズニーランド(TDL)の8200〜8700円に対して、米フロリダは1万4500円、カリフォルニア、仏パリ、上海でも1万円を超えている。TDLより敷地の狭い香港でも8500円で、世界6都市にあるディズニーランドの中でTDLは最も安い。
日本が「安く」なった背景には、長いデフレによって、企業が材料や人件費の負担増を価格に転嫁するメカニズムが破壊されてしまったことがある。製品の値上げができない→企業がもうからない→賃金が上がらない→消費が増えない→結果的に物価が上がらない、という悪循環が長年にわたって続いている。
加えて、「生き残るには価格競争」といった同質的な競争気質が続いてきた面もある。「オンリーワン」で勝負する欧米企業に対し品質・性能・ユニークさで競うことができず、安さで勝負してしまう。
国土交通省の調査では、日本人の「賃金・給与」への満足度は、イギリス、フランス、ドイツを含めた4カ国中で最下位である。「日本人は給与よりもやりがいを重視する」といった反応も多く、確かに「賃金以外の楽しみ」が充実しているのであれば問題はないが、日本は「レジャー・余暇」「生活全般」の満足度も最下位だった。つまり日本には、金銭的な豊かさも、精神的な豊かさもないという驚くべき結果なのだ。
日本企業に賃金の高いポジションがなくなると、能力の高い日本人は、より高い所得を求めて海外企業に流出するだろう。海外大学の授業料を払えない日本の若者は、留学できなくなるかもしれない。
英語ができず能力も低い人は、安い給料で外国人に雇われるしかなくなるという未来も考えられる。日本人がグローバル企業や国際機関のトップポジションを獲(と)れなくなるだけでなく、日本企業もトップは外国人、一般労働者は日本人となり、富は海外に流出。日本はさらに貧しくなるという悪循環にも陥りかねない。
日本では「お金がすべてではない」という考え方が根強いが、お金がすべてではない一方で、生活や余暇への満足度も低いというのであれば、はたして日本人にとっての「豊かさ」とは何なのか。もう一度考え直してみる時がきているのではないだろうか。
※週刊東洋経済 2021年5月15日号