日本語翻訳版が待ち遠しい一冊だ。
ESG意識の高まりから、CO2を排出する従来型エネルギーへの風当たりはつよく、石油や石炭といったエネルギー資源は苦境にたたされている。そんな悪環境下でも最高益をたたき出しているエネルギー関連企業群がいる。今はやりの再エネ企業ではない。コモディティ商社という業種だ。
ウォールマートやアマゾンが消費材を人びとに届けると同じように、コモディティ商社も石油・銅・小麦といった一次産品(コモディティ商品)を売り買いし、生産地から消費地へ届けるトレーディングをなりわいとする。コモディティ商社は、先進国から最貧国まで物流網を構築し、グローバル規模でエネルギー・金属資源・食糧といった社会経済の基盤を支える存在だ。
つねにマーケットと対峙しつつ、ときに大手金融機関や大物政治家とくみながらグローバル政治経済を手玉にとり、国際的な需要と供給を調整するトレーディング商社。国際政治経済のフィクサーともいえるかもしれない。
年間数千億円規模の利益をたたき出すコモディティ商社だが、一般的な知名度は高くない。日本企業では総合商社や専門商社が同様のビジネスを一部展開するが、それよりも大規模に展開するGlencore、Vitol、Trafigura、Cargilといった大手の名前を聞いてもピンとくる人は少ないだろう。これら企業の大半は非上場であり、業界外の人からするとベールに包まれがちだからだ。
そんなコモディティ商社の歴史が一冊の本にまとまった。経済メディアBloombergで記者をする2名の著者が、長年にわたる取材によって、コモディティ商社がいかにグローバル政治経済に関与してきたかの実態を浮かびあがらせている。
物語は大手コモディティ商社社長が内乱まっただ中のリビアへ飛び、カダフィ政権と対峙する反乱軍と石油取引するところから始まる。商社が原油を引き取り、代金を売主に渡す。シンプルに聞こえるが、このケースは複雑な問題を多くはらむ。リビアから産出される原油の代金を政府ではなく内戦中の反乱軍に渡していいのか、引取中に交戦中の政権側から攻撃されないか、いわくつきの石油を最終的に引き取ってくれる買主はいるかなど、極めて政治・安全・商売面でリスクの高い取引なのだ。
結果的に同商社は無事石油を運び出し、反乱軍に軍資金を渡し、消費者へと石油を届けた。同社にとってはリスクをとって利益をえるという商売でありつつ、国際政治的にはリビアのカダフィ政権転覆という歴史をうごかす取引だ。
リビアの件は欧米民主主義国に守られての取引だが、その反対もある。米国とイランがにらみ合う時にイラン産原油の販売を手伝ったり、米露の緊張が高まる中でロシアの資金調達に貢献したりと、政治思想的なかたよりは少ない。
他にも、イラク、クルド、イラン、南アフリカ、コンゴ、アンゴラ、キューバ、カザフスタンと大手企業がビジネスをするのをためらいがちな国々でも積極的に売り買いしてきたのがコモディティ商社だ。戦略物資をあつかい、巨額のお金が動くため、コモディティ商社の国際政治経済への影響力は大きい。
2010年、小麦最大輸出国であるロシアで干ばつが問題になりはじめるとコモディティ商社はロシア政府に輸出禁止政策を進言する。ロシア政府が実際に輸出禁止を発表すると、世界的に小麦価格は高騰し、コモディティ商社はあらかじめ仕込んでおいた先物取引で大きな利益をえた。
しかし、この価格上昇が中東・北アフリカなどでの食糧価格上昇に波及し、地域横断的な反政府デモである「アラブの春」につながっていく。そして先述のリビア内乱での石油ビジネスに繋がっていくのだ。直接的ではないとはいえ、「アラブの春」へのコモディティ商社の影響は小さくない。
本書では、これら具体的な事例を掘り下げながらコモディティ商社がグローバル政治経済の中でいかに立振舞ってビジネスを進めてきたが描かれている。欧米大企業に牛耳られていた産油国が自立するのを助けたり、共産主義国が資本主義経済圏から資金を集めるのを助けたり、中国をはじめとするBRICsなど途上国の経済成長を支えたり、一次産品が金融先物と結びつけられるのを推進したりと、グローバリゼーションの寵児として売主と買主をつなげてきた。
社会経済に重要な戦略物資をグローバルに取引するコモディティ商社。世界がどう動くのかをみるうえで羅針盤となる存在であり、グローバルビジネスや国際政治経済をかたる上で欠かせないプレイヤーだ。