『内心被曝 福島・原町の10年』「心の復興」を遂げた4つの家族の物語

2021年3月18日 印刷向け表示
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内心被曝

作者:馬場マコト
出版社:潮出版社
発売日:2021-01-05
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内心被曝 ー 南相馬市に住む主婦が口にした言葉である。外部被曝でもなく内部被曝でもない。住民の一人ひとりが東日本大震災深く傷を負い、心の奥に何万シーベルトという放射能を貯めてきた。この言葉を聞くと、おどろおどろしく感じるかもしれないが、ふと自分の生活を省みると、コロナ禍において得体の知らないものに傷つけられてきた心と重なるのではないだろうか。

本書は決して暗くて辛い日々の生活を訴えるような本ではない。むしろ、日々の生活の中で「心の復興」と真摯に向き合う人間の力強さが伝わってくる1冊である。私自身、本書に影響され、第3章で出てくる「ほめ日記」を始めてみた。

福島県南相馬市は、福島原発から20㎞〜30㎞圏内に位置する。この微妙な距離は市民の生活に深く影響を及ぼす。原発事故の直後、国が出した方針は以下のとおり。福島原発から半径20㎞圏内は「警戒区域」、半径20㎞〜30㎞圏内は「緊急時避難準備区域」、それより外は「非避難区」となり、同じ市の中に三重構造ができてしまった。区域によっては、住民が受けられる補償の内容も異なるため、軋轢を生んでしまう。

その中でも著者が足繁く通う原町は、「緊急時避難準備区域」に指定された区域だ。当時、物流・交通が停滞し、日々の生活を保障することが難しくなり、枝野官房長官がテレビで「自主避難」を呼びかけた。避難判断の材料となるべき数値基準も補償の有無も示すことなく、避難の判断を住民に丸投げしたのだ。結果、震災前に4万7000人いた住民は8000人に減少した。(現在は5万5000人まで戻ってきている。)

本書を通じて描かれる「心の復興」とはなんだろうか。人によっては「心から人間らしい復興」「生きる希求」とも表現されている。本書には4つの家族に焦点を絞り描かれているが、どの家族でも暗く閉ざされた日々のなかで、「心の復興」の可能性に気付く瞬間がある。印象に残ったエピソードを紹介しよう。

第1章では、同市原町に住む家族について、主婦の視点から描かれている。3人の子供がいながらも、避難先では、健全な住居環境が見つけられなかったり、子供たちは「緊急時避難準備区域」が解除されるまで、もとの学校に通えなかったりと、大人の論理に振り回されながら過ごしていた。そんな中、出会ったのは通学バスの運転手である。

「緊急時退避準備区域」が解除され、子供たちがもとの学校へ戻る前日、バスの運転手は、道の駅でたこ焼きやファンタを買い込み、簡易的なお別れパーティを開いてくれた。カラオケセットで一緒に歌を歌いながら、違う学校の子供たちとすぐに友達になった。すると、これまで塞ぎがちだった子どもが「明日からは新しい友だちと、頑張って学校へ行く!」と笑顔で語るのである。バスの運転手が子供たちに希望を与えたのだ。

また、第3章では、「ほめ日記」に励むおばあちゃんが紹介されている。ほめ日記とは、NPO法人「自己尊重プラクティス協会」代表理事の手塚千砂子氏が提唱したもので、日々の日記の終わりに自分を褒める言葉を追記する。震災後、心身共に急速に弱っていくおばあちゃんは、この習慣に生きる希求を見出した。同時に、おばあちゃんは福島民友新聞に投稿を始める。この日記と投稿の二本の杖に支えられ、おばあちゃんはこの10年を前向きに過ごしてきた。

また、この習慣はおばあちゃんだけにとどまらず、多くの人に影響を及ぼしていく。まずは、提唱者の手塚先生が深く心を動かされた。これまで被災地を周り、ほめ日記の効用を説いてきたが、なかなか手応えを感じることが出来なかった。そこで今回、ほめ日記を生きる糧にしている人の存在を知り、使命をさらに強く感じることができたと言う。また、家族の1人は24時間体制で訪問看護の仕事をしている。おばあちゃんが元気でいるからこそ、仕事に没頭できる。おばあちゃんの習慣は、南相馬市の医療現場をも救ったのだ。

震災から10年を経ても、心の傷が癒えることはないだろう。当時感じた疎外感や無力さ、政治への怒り、これらを自分の中で押し殺すことの辛さ。私は本書を読んで、これらの気持ちに共感し、同時に今のコロナ禍において希望に飢えていたことを感じた。落ち込みがちの自分に叱咤激励してくれる何かを求めていたのである。そんな時に本書を読み、小さな習慣や気付きが徐々に周りを照らしていく様子に心を打たれた。震災を経験した人々から、本書を通じて勇気をもらうことができた。今度は、自分がそれを誰かに伝える番だと思い、この書評を書いた次第である。

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出版社:朝日新聞出版
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