自信を持って断言する。恋愛コラム本なんて、私は買わない。たとえ176頁税別1300円の本が150円で売られていても、買わない。ただし、著者がメレ山メレ子さんならば話は別だ。
メレ山さんは、昆虫大学の学長である。「昆虫大学」が何か気になる方は、検索して調べてみてほしい。そして「虫? そんなのマニアの世界の話でしょ」と思ったみなさん。昆虫は地球の陸上生物では、圧倒的マジョリティー。個体数でいえば、われわれ人間の方がずっとマイノリティーなのだ。軽くみてはいけない。
それはともかく、本書である。メレ山さんは、会社員でもあり文筆家でもある。過去の著作もそうだが、「楽しくて読みやすいなあ~」と、のほほんと読み進めていると、突然鋭く心をぶっ刺してくる油断のならなさ。おもむろに登場するマイナー生物の生態。中毒性があるその筆致に、彼女の新刊が出たとなれば、それが恋愛コラムだろうが通販カタログだろうが、もう読まざるを得ないのだ。
そして、本書のこの読後感は……たとえるなら「搭乗口には確かに“札幌行き”と書いてあったのに、降ろされてみたら、えー? なぜかリオ・デ・ジャネイロだったよ~」みたいな、読み始めと凄まじい乖離感のある着地に、呆然とさせられるに違いない。
まず冒頭で、本書が一般的な恋愛コラムとは一線を画していることが、うかがい知れる(と言っても、私は恋愛コラムを読んだことないので、何が一般的なのかはわかっていない)。
恋愛では、仕事や学業や友人・家族関係までグダグダになったり、大ダメージを受ける人が少なくない。たまに、死者も出る。こんな危険なものが人生で経るべき必須ステージだみたいな世迷言は撲滅し、早いこと「変わった趣味のひとつ」とか「限界に挑戦したい人向けのエクストリームスポーツ」という位置に置いたほうがいい。
そして、昆虫柄の服や靴を身にまとい、アフリカまで自分の棺桶をつくりに行くような、自分の趣味嗜好よりも「男ウケ」を追い求める価値観とはまるっきり違う世界に住んでいるところも、私が彼女に共感するところなのだけれど、「とはいえ他人を魅力で圧倒するような好かれ方をしたい」とカッコつけない率直な心情がつづられ、そこでおもむろに
サシガメは肉食性のカメムシの仲間だが、まるで毛蟹のように剛毛に覆われた奇怪な姿をしている。フサヒゲサシガメは不思議な液体を分泌しアリを誘う。アリはそれを舐めるとしびれて動けなくなり、フサヒゲサシガメは鋭い口吻をアリに突き刺して体液を吸うのだという。甘いにおいに誘われたあたしはかーぶーとーむーしー、の「か」あたりで死が訪れる。カブトムシじゃなくてアリだし。
と続く。なんなんだ、この展開は?
そしてまた、「大人になっても昆虫大好き!」みたいな、なんとなく「普通の人」を外れてしまった人たちの抱く生きづらさと、仲間に出会えた喜びについての記述には、その同類として、首がもげるほどうなずきたい。
ネットで好きなものの好きなところを執拗に唱えつづけていたら、クジラの死肉目がけて集合する奇怪な生きものの群れのように、遠くからにおいを嗅ぎつけた同好の士が集まってきた。
そうして集まった友人たちと話すとき、よく頭に浮かぶイメージがある。「海で生まれてふだんはむりやり陸に上がっているハゼのような生きものが、海でふたたび合流した」みたいな感じだ。
磯は明るくて海水はあたたかく、言葉はくぐもって優しくなるけど波になってよく伝わる。ハゼたちは寄り集まって、陸のしんどさについての話もする。そこで、陸の理不尽に対抗するパワーや、自分も理不尽の一部になっていないか、という自戒の気持ちをもらうことがある。
こんな具合で、「女らしいパステル色の服を着ましょう」とか「合コンでは“さすが~!”“知りませんでした”“すごーい!”……の、さしすせそで男性に相槌を打ちましょう」みたいなモテるための指南本を期待した人には、おそらく本書はまったく役に立たない。
そして、昔飼っていた猫の話から「やはり人間の色恋など、毛がみっしり生えた生きものからの愛情の尊さには遠く及ばないのである」とか、締めくくっちゃっている話もあるのに。……ああ、それなのに。それなのに!
途中から突如現れた「後部座席の男」によって、札幌へ向けて飛び立ったはずの飛行機は、リオ・デ・ジャネイロへと急旋回するのである。
じつは、一度読み終わって消化しきれずに2日ほど本書のことを反芻していたのだが、不思議なことに「いや……、読者としても、リオに連れてこられて、札幌よりもむしろよかったんじゃね?」という思いがじわじわと広がってきて、さらに2度、3度と、読み返してしまったのだった。
恋愛コラムにはまったく興味がない、ちょっと生きづらいなと感じている、誰もいない夜道で道路に転がって星を眺めて虫の音をうっとりと聴いてしまうようなタイプの人たちにこそ、本書を手にとってもらいたい。うっかりリオ・デ・ジャネイロに連れてこられたその読後感を、一緒に味わってみてほしいのだ。そして、語り合いたい。
「ねえ、あたなはやっぱり札幌の方がよかった? リオに着いて、どんな感じ?」と。
アフリカまで棺桶を作りに行った顛末記。レビューはこちら。