サクラギシノを知っていますか?
もちろんラブドール(旧名ダッチワイフ)の桜樹志乃ではなくて、今その受賞作、ラブホテルを舞台に繰り広げられる『ホテルローヤル』が上映中である直木賞作家の桜木紫乃の方。前者はともかくとして、後者をご存じの人は結構おられるだろう。
NHKの『あさイチ』に出演された10月23日、ツイッターのトレンディーワードに「桜木紫乃」が大躍進。録画してあったのを見たが、爆笑に次ぐ爆笑。おそらく、それを見て小説を買われた人もおられるはずだ。そしてきっと、あまりにファンキーな紫乃さんとその作品の落差に驚かれたに違いない。
テレビで見たイメージのサクラギシノ、ラブドールじゃない方(←しつこい)をもう一度、という人には、この本が鉄板でオススメだ。ユーモアのセンスが半端じゃない。古いものは2003年、新人作家(といってもそんなに若くないです)の頃から今年のものまでがまとめられた初のエッセイ集である。
趣味はストリップ鑑賞(!)。亀甲縛りを練習して家族に見せようとしてはブッチされる。アロマサロンで屁を放っては、いい香りがしているから大丈夫だろうとばっくれる。『あさイチ』で見せたサクラギシノは氷山の一角に過ぎない。
ネタバレさせずに、エッセイのタイトルーもちろんその内容もーとくにおもろいやつをあげておこう。『睾丸編集者』、これはもうタマりまへん。『出たな、ショッカー!』、キ~ッ。札幌道頓堀劇場(←ストリップ劇場だそうです)での『ブラボーとドロボーの違い』。何やねんそれはといいたくなる『犬の糞占い』などなど。
かねてからサクラギシノの小説を読むたびに、その文章の濃密さに感銘を受けていたのだが、エッセイでもその能力は遺憾なく発揮されている。さすがとしか言いようがない。そして、時に自虐的。その最たるものは『このツラ下げてサクラギシノ』。
なんでも、桜木紫乃というペンネームは、「本名で性描写てんこ盛りの小説を書くほど度胸が据わっていなかったため」、「たいへんいいかげんに付けた筆名」らしい。直木賞を受賞され、いまや売れっ子作家なのでお顔はよく知られているが、デビュー当時はちがった。
ほとんどの人は、会った瞬間「どのツラ下げて桜木紫乃だよ」という顔をします。この屈辱に耐えられる神経のちぎれ具合は、われながら感心するくらい。 <中略> 恥ずかしき下積みの日常で大切なのは、わたしはサクラギシノ、と心の底から思い込むこと。ここをクリアできればたいがいのことには絶えられると思う。
えらいぞサクラギシノ、がんばれっ。と思わせておいて、このあと、ほのぼのしたエピソードで笑わせてくれるのがうますぎる。そして、そんな時代から何年かたって出合ったのがラブドールのサクラギシノだ。それを知った時まず頭を過ったのは「このネタ、自己紹介に使える」だったそうだから、ご本人がおっしゃるまでもなくえげつない。
「どうか桜樹志乃ちゃんが売れますように」と神社の前を通るたびに手を合わせる。そして頭の隅でついでを装い付け加えるのだ。おいらの本も売れますように――
あんたは北海道産の大阪人か…。
ラブドールのサクラギシノちゃんは見たことがないが、直木賞作家のサクラギシノさんには二度お目にかかったことがある。一度目は4年前、大阪・北新地のおしゃれなバーで共通のお友達が紹介してくださった。なんの話をしたかはあまり記憶にないのだが、やたら笑いこけたことと、ストリップの話を聞いたことだけは鮮明に覚えている。
二度目は、同じお師匠さんに義太夫を習っている大島真寿美さんが『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で直木賞をとられた受賞式の日。あつかましくも、二次会にまでついていった。紫乃さんは遅れてこられるということだったのだが、だいぶ前にお目にかかったきりである。覚えてくれてはったら嬉しいけどなぁと待っていた。入り口近くに座っていたこともあるのだけれど、なんと、いの一番に挨拶してくださってびっくり感動。たまたま隣に座っておられた北方謙三さんに「紫乃、どうしてこんなヤツに先に挨拶するんだ」と言わせたのが自慢。
このエッセイ集もサイン本をお送りいただいた。「仲野 徹様 桜木紫乃」と、いかにもサクラギシノっぽい字で書いてある(←どんな字や…)。ふとみると、その向かい側のページに「おばんでございます=北海道弁でこんばんはの意」とある。ん?どうしてわざわざこんなことが書かれてるんや。
ははぁん、さては、「おばん=おばあさん」と誤解されると思われたか。いやいや、そんなことはございませんでしたからご安心をば。まぁ、将来的にはそう思うかもしれませんけど。それより、そうなる前に、むっちゃファンキーなキャラ丸出しの小説を書いてもらいたいと心から願っておりまする。
同郷、釧路出身のカルーセル麻紀をモデルに書かれた小説。エッセイ集にもこの本のことがでてきます。短いレビューですが、以前書きました。
映画『ホテルローヤル』の原作です。映画の主演は波瑠。ちなみに桜木紫乃さんの実家はラブホテル経営でありました。もちろん、エッセイ集にはそのことも。