『ディス・イズ・アメリカ』はTBSラジオの「ジェーン・スー生活は踊る」「アフター6ジャンクション」「荻上チキSession-22」などで放送した音楽特集から、アメリカの政治的・社会的トピックに関連する解説を抜粋し、さらに音楽メディアに寄稿したコラムや評論などをまとめた本だ。激動する近年のアメリカ社会の中でポップミュージックが何をうたってきたのか?を「グラミー賞」を軸にしてまとめている。
新時代の女性のエンパワメントアンセムを歌うアリアナ・グランデ。美しさの価値や基準は自分で決めるボディポジティブ運動のシンボルになっているリゾ。LGBTQをテーマにした曲を発表したテイラー・スウィフト。地球温暖化について歌うビリー・アイリッシュなど、本書を読むと、音楽を通してアメリカのいまが見えてくる。
また、グラミー賞における黒人差別問題も本書を読んで知った。2000年以降で、最優秀アルバム賞を取った黒人のアーティストは2008年のハービー・ハンコック、2005年のレイ・チャールズ、2004年のアウトキャストだけである。
アメリカでは2017年にヒップホップ/R&Bのセールスがロックを上回ったそうだ。Spotifyでアメリカのトップ50を聞いていると、ほとんどがヒップホップかR&Bである。しかし、世界最高峰の音楽賞であるグラミー賞においてヒップホップはずっと冷遇されてきた。2018年にピューリッツアー賞を受賞したケンドリック・ラマーは、第58回(2016年)、第60回(2018年)で主要2部門、第61回(2019年)では主要3部門にノミネートされたがいずれも無冠に終わっている。主要部門を受賞したヒップホップのアーティストは2004年に最優秀アルバム賞を獲ったアウトキャストのみである。
2019年の第61回グラミー賞で最優秀レコード賞と楽曲賞を受賞したのは本書と同タイトルのチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」だ。同賞をヒップホップのアーティストが受賞するのはこれがはじめてだ。ショッキングなミュージックビデオが話題になったので、知っている人も多いのではないだろうか?銃社会や人種差別といった現代アメリカの暗部を暴いたこのミュージックビデオは最優秀ミュージックビデオ賞も受賞している。
しかし、この年、チャイルディッシュ・ガンビーノは授賞式の参加を拒否。主要部門にノミネートされていたケンドリック・ラマーをはじめ、その他のヒップホップのアーティストも、グラミー賞でパフォーマンスすることをみな拒否している。最優秀アルバム賞を黒人のアーティストが取れないことで、彼らの積年の不満は臨界点に達しているのだ。
2020年、第62回のグラミー賞では10代のビリー・アイリッシュが主要4部門(最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞)を独占。同じく主要4部門にノミネートされていたリゾや、「Old Town Road」で19週全米シングルチャート1位の記録を樹立したリル・ナズ・Xは主要部門を受賞することができなかった。グラミー賞の主要部門はだれか一人が独占する傾向にあるというが、白すぎるグラミー賞という批判は今後も続きそうだ。
グラミー賞の主要部門はとれなかったが、圧巻のパフォーマンスを見せつけたケンドリック・ラマー。彼の「Alright」という曲が新しい公民権運動のアンセムになっているという。
Black Lives Matterのデモでプロテスターが曲のサビのフレーズ「We gon’ be alright」をコールしながら町を練り歩いているという。歌詞の一部を本書より紹介する。
いままで俺たちはずっとひどい目に遭ってきた/自尊心が保てないから社会に出たとき心が折れそうになる/オマワリたちにもいい加減反吐が出るぜ/奴らはストリートで俺たちを殺そうとしているんだ/俺はこうして牧師に許しを請おうと玄関先に立っているが、ひざが震えていることもあっていつこの銃が火を噴くかわからない/でも、心配することはない/俺たちきっと大丈夫だから
30年近く前に作られたN.W.Aの「Fuck the Police」ではアイス・キューブがこんなラップをしている。
くたばれオマワリ/アンダーグラウンドからやってきた俺は、ブラウンの肌の若い黒人だからというだけでひどい仕打ちを受けてきた/白い肌じゃないからってオマワリはこう思ってる/自分たちはマイノリティを殺す権限があるんだって
これを見ると30年前も今も黒人差別の問題は全く変わっていないような気がする。ジョージ・フロイトの暴行死からBlack Lives Matterは世界各地に広がっている。Black Lives Matterをはじめ、LGBTQ、Me Too、ボディポジティブといった様々な社会問題を歌った曲が本書では多数紹介されている。
音楽を聴くときに歌詞の内容をあまり意識することがなかった自分には、いつも聞いていた曲にそんな意味があったのか!という驚きでいっぱいだった。本書の巻末に本で紹介されているPLAY LISTが紹介されているので、本書を読みながら音楽を聞くとより本書を楽しめるのでおすすめだ。
なお紹介されているPLAY LISTのオフィシャル版がSpotifyになかったので、私が勝手にSpotifyのPLAY LISTをまとめてみた。(複数の章にでてきている曲は、重複させず先に出てきた方だけをのせています)
トランプ大統領が誕生した2016年頃から、ミュージシャンが政治的/社会的メッセージを発信する機会が急増したという。アメリカ大統領選挙を来週に控え、様々なミュージシャンが選挙へ投票に行くことを呼び掛けている。また選挙を前に政治を揶揄した曲も多数発表されているので、選挙の行方とともに、注目をしていきたい。
週刊文春の 町山智浩さんの連載をまとめたもの。アメリカの今がわかる最高のコラム。
2010年代のポップカルチャーを総括した本。音楽好きは必読。『ディス・イズ・アメリカ』といい今年はポップミュージックに関する本の当たり年だと思う。