今年も3月を迎えた。2011年3月11日から9年が経ち、毎年震災本が出版され続けている。私も3月は震災ものを読むことを習慣としてきた。楽しみや興味本位からではない。「何も知らなくてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい」といつも申し訳なく手に取る。
9年経った今、世の中は変わったのだろうか。現場の第一線で働く人の命と健康を守り、敬意を払う世の中になっているのだろうか。そして、私は震災と正しく向き合えていけているのだろうか。
本書は東京新聞で連載されている「ふくしま原発作業員日誌」(2011年8月〜2019年10月)に大幅に加筆を加え書籍化したものである。作業員の人柄や日常の様子が生き生きと伝わるように、「日誌」という形にこだわった。そして、「日誌」と交差するように、廃炉に向けた進捗状況や、政府や東電の発表、働く作業員の労働環境などの背景が詳細に描かれている。「作業員の横顔がわかるように」という著者の強い想いが、読者と原発作業員の距離をぐっと近づけてくれる。
作業員の日常を一気に変えた出来事のひとつとして、2011年12月16日野田佳彦首相による「事故収束宣言」が挙げられる。政府の原子力災害対策本部の会合で、「冷温停止状態(圧力容器底部の温度を100度以下に保ち、放射性物質の放出を大幅に抑制すること)」の達成を宣言。そして同時に「事故そのものは収束に至った」と言い切った。
しかし現場では、大量の汚染水を生み出しながら核燃料をかろうじて冷やし、高線量で原子炉建屋にも入れない状態が続いていた。汚染水の海への流出、水素爆発で損傷した建屋からの放射線物質の放出など、12月に入ってもなお新たな問題が次々と発覚している。何より作業員は高線量を浴びながら、24時間体制で作業に徹している状況だった。
この日を境に、福島第一では通常化がアピールされ、コスト削減を優先する競争入札が進められる。賃金や危険手当が下がり、宿泊費や食費など諸経費がカットされるなど、作業員の待遇が急速に悪化し始める。
原発での仕事は、東電からの元請け企業と多重に連なる下請け企業で成り立っている。東電がコスト削減を要求すると、玉突き事故のように下請け企業の作業員の給料や危険手当に響いてしまう。その結果、一番大切な作業員の命が犠牲になってしまう。作業員は年間の被ばく線量が決まっており、それに達すると仕事を失ってしまう。「被ばく隠し」を自主的に始めたり、会社が強要する事例が目立つようになる。これが2012年の話だ。
震災から9年が経った。作業員の命をかけた仕事により、原発の瓦礫は撤去され、1〜3号機の使用済み核燃料プールからの「核燃料取り出し」にまでたどり着くことができた。当時中高生だった地元の子どもたちがイチエフ働くようになったという。地元作業員のなかには、「自分たちで故郷をなんとかしたい」「イチエフで働いてきた自分たちがやるしかない」と、故郷を守りたいという強い思いがある。手当が下がり、うまみがなくなった原発で働く作業員の目的や世代が刻々と変化しているようだ。しかし、廃炉まではまだまだ遠い。先何十年の話である。
だからこそ、今改めて考えなければいけないのは、原発で働く作業員の健康と労働環境だ。作業員の被ばく線量は格段に上がったが、原発事故後の収束に関わった作業員の補償は何もない。「事故収束宣言」までの緊急作業に携わり、一定期間に50mSv以上被ばくした場合、東電や国のがん検診が無料で受けられるものの、治療費は出ない。病気で働けなくなったとしても、生活費の補償もないのが現状である。
著者は、チェルノブイリ原発事故被害者にもインタビューを行っている。チェルノブイリでは作業員が補償を求め立ち上がり、91年にはロシアやウクライナなどで「チェルノブイリ法」が制定された。チェルノブイリでは、「住民も含め、病気になったときは因果関係があるか否かではなく、汚染した場所にいた、リスクを負ったということで補償が認められる」という。被ばくと病気の因果関係が認められていない日本が学ぶことはとても大きい。
自分を守ってくれる組織や国を求めることは、間違っていることなのだろうか。今回の新型コロナウイルス騒動でも、私は同じ疑問が頭から離れない。出来ることなら、自分が守りたい人を守れる社会であってほしい。ふくしま作業員を身近に感じることで、この問いがもっと深まれば良いと思う。
個人と組織の関係について深く考えさせられた一冊。原発事故も福知山線脱線事故も、社員が被害者となっている。仲野徹のレビュー 刀根明日香のレビュー