本書のタイトルから、まずわかることは、子どもが思い通りに育ってくれたらいいなという期待、思い通りに育てたいという欲望があるということだろう。それは、なぜだろうか?
急がば回れ、その背景にある社会動向の変化を見てみよう。昨今、親になった世代は充実した教育を受けてはいるものの、子どもの世話をした経験はほとんどないという状況だ。家族構成の変化、要するに核家族化が進んだことが影響している。核家族以前はおばさんおじさんが家にいて、年の離れた兄弟もおり、親族が近くに住み、身近に誰かが子育てをしている状況があった。子どもの頃から日常の風景から自然と見て学び、ときに子守をすることで子育ての一部を体験していた。
しかし、核家族では自分が結婚し、子どもを産んでからがはじめての子育てになる。コミュニティにつながりが希薄で核家族で育つと、日常のなかで子育てをしている環境がない。だから、急に自分が親になったときに、何をどうしていいのか、誰にどのように頼ればいいのかがわからない。
そんななかで、流行しているのがペアレンティング、日本語で「親がなすべきこと」を意味する、いわゆる子育てハウトゥーである。Amazon.comのペアレンティングの部門には6万冊以上の本が並んでいるそうだ。受けてきた教育のように本で学び、本にならって、子どもを育てようとする。しかし、子どもは本で書いてあるように思い通りにはなってくれず、苦悩する親が増えているのだ。
日本でも、書店やテレビで「こうすれば東大に合格できる!」「中学受験は親次第」「有名人が幼児教育でやっていたこと」などのタイトルで煽るメッセージがあまりに多く、子育てをしていると、無意識に影響を受けている。
本書は、そういったペアレンティングを科学的、哲学的、政治的な観点から、そして人の生活という面から根本的に誤りであると主張している。著者はカリフォルニア大学バークレー校で子どもの学習と発達を研究し、その分野の第一人者である。また、3人の子どもを育て離婚も経験し、3人の孫のおばあちゃんである。
親はいつのまにか子どもの幸せを願って、子育てのテクニックを駆使しようとする。親は何もしないよりも何かをしたほうが、育児の達成感があり、いろいろと口出しすることが正しくないとわかっていたとしても、正当化していく。親としての自尊心も保つことができるが、ただの自己満足であり、思い通りに育たないとストレスを溜め込み、それを見た子どもは悪影響を受ける。
なぜなら、子どもたちは周囲の人々を見て、それを真似て学ぶ。子どもは親の小手先のテクニックよりも、無意識で行っている行動からより多くのことを学んでいるのだ。
子どもとはいったいどういう存在なのか、どのように周囲の環境を見て聞いて学ぶのか、遊びにはどんな意味があるのか、学校教育への厳しい指摘、スマートフォンに代表される新しいテクノロジーと育児など、科学的知見と具体的な事例をバランス良く織り交ぜており、軽やかに読みすすめることができる。そして、最後の章では子どもの世話をしている、いまこの瞬間にどのような価値があるのかを哲学や政治視点で、考察を深めている。就学前教育に対する政策や介護と育児を比較した考察は目から鱗だった。
では、親は何もしないのがよいのか、なにか答えやマニュアルはないのか、と読者の期待に対し、著者は一つの回答を示している。
親であることは関わり合いである、しかも他にはないタイプの関わり合いであると認識するべきなのだ。子どもの世話は、通常の規範が適用される、人間の他の活動とは違うことに気づく必要がある。子どもを育てることは特別な活動で、科学的な面からも個人的な面からも、独自の考え方とそれに合った政治、経済的な制度が必要である。
子どもを育てることは、他にはないタイプの関わりあいであり、仕事とは違うのだ。明確な目標を立て、その達成に向けもっとも効率的な方法で取り組む。育児にそのような考えを持ち込まないことを推奨している。
非常に挑戦的で、実際に読みながら、おいおい、そこまで強く主張しなくても、と思う内容がところどころにある。しかし、自分が子育てハウトゥーに毒されていないかをチェックするリトマス試験紙としてはかなり有用である。巷の情報や所属しているコミュニティに自然と流され、洗脳されているていることに気がつくだろう。
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これもペアレンティングの本の一種だが、「子どもにまかせる」という点が、本書と共通しており、あわせて読むと理解が深まる。こちらの本が具体的な悩みに答えてくれ、使える内容だ。
東による書評はこちら