私が中学生だった頃、数学の先生が1と0だけで数を表現する二進法を教えてくれた。この1と0を電流が流れている状態、または切れた状態に対応させると、全ての数を電流のオンオフ組み合わせで表せるという。これを利用したのがコンピュータだと聞いて、私はいたく感動した。
その考え方を世界で初めて提示したのが、本書の主人公シャノンである。現代社会に不可欠のパソコン、携帯電話、DVDの全てが、彼なしにはありえなかった。
二進法の最小単位はビットと呼ばれ、文字や画像などの情報はビットの組み合わせで表現できる。情報量の単位としてビットを初めて導入したのがシャノンで、現代のデジタルコンピューターはビットを8個集めた8桁分の巨大情報をバイトという単位で扱う。
本書は「情報理論の父」と呼ばれる天才数学者の評伝で、著者はハフィントン・ポスト元編集長などを務めた名うてのジャーナリストである。シャノン以前にも情報という概念はあったが、量的に測定が可能で、瞬時にかつ誤りなく伝達できるようにしたのは彼なのだ。全情報を0/1信号として伝える「情報社会」を切り拓いたのである
シャノンはフォン・ノイマンやアラン・チューリングとともに、コンピュータの基礎を作った人物に挙げられる。彼らは第二次大戦の前後に情報通信と暗号技術の基本を確立したが、その後の世界は3人の業績の上に改良を加えただけと言っても過言ではない。
ちなみにノイマンやチューリングは映画にも取り上げられてきたが、シャノンの事績は本書で読みやすくなった。現代デジタル社会への影響力という点ではアインシュタイン以上という評価も頷けよう。
本書のもう一つの特徴は、シャノンの人柄を克明に、かつユーモラスに描いている点である。人並み外れた頭脳があるのに決して自慢せず、シャイで謙虚なのだ。
しかも遊び心に溢れていて、周囲の人を楽しませる才覚を持っている。何よりも機械いじりとあれこれ工夫するのが大好きで、世俗的な地位や富には無頓着だった。世界的科学者の名声を得た後もMITで一輪車を乗り回し、学生たちとジャグリングを楽しんだ。
シャノンは1985年の京都賞を基礎科学部門で受賞したが、「貴重な結果はしばしば単純な好奇心から生み出されることを、科学の歴史は教えてくれます」(366頁)とスピーチした。機械いじりが大好きだった平凡な少年が「ただ好きでやっていた」ことが、世界を変革するアイデアに結びついたからだ。
子どもの才能が将来どう開花するか、また国際ビジネスを動かす次のGAFAが今後いかに誕生するかを考える上で、本書のエピソードは大変示唆に富む。
最近は情報に関する研修が盛んだが、100時間受講するより本書のような優れた評伝から学ぶことの方が多いのではないか。情報時代の本質とその未来を考えるための良書としてお勧めしたい。
※プレジデント2019年8月30日号「新刊書評」掲載