「不確実な状況で、意思決定するのが経営者の仕事だ」と言われるが、実際にそれを実践することは非常に難しい。確実に答えがわかっていれば、意思決定は必要でない。また、ロジカルに考えて、生み出された確実性の高い施策は、おおよそ先駆者がおり、競争が激しく、莫大な利益を生む可能性は低い。
いっぽう、現場の社員は、現状を打破しようと、不確実性は高いが、おもしろそうなアイデアを持っている。「ひょっとしたら」うまくいくかもしれないという可能性を盲目に信じがちで、リスクと再現性を求める経営陣からの口撃の矢面に立たされると萎縮し、論破されてしまう。そして、現場は経営陣の臆病さを、経営者は現場の思慮の足りなさを、それぞれのいないところで愚痴るのである。
仮に経営陣が歩み寄ったとしても、社内の稟議を通過したころには社内都合により当初の企画は角が落とされて丸くなるか、賞味期限切れのコンセプトになっていることが多い。顧客や消費者に受け入れられる可能性は低いだろう。イノベーティブなアイデア、社内を説得し、顧客に受け入れられること、この3つを達成するのは至難なことである。
これらを、できる限りシンプルに、ロジカルに、そして実現可能な作法にまとめあげたがこの論文集である。その作法の1つをここでは紹介したい。企画を考える人なら、誰にとっても知りたいイケてる企画を考えるための、再現性の高い思考法である。
イノベーションは突拍子もない、直感的な発想の持ち主から生まれるものと思われがちだが、実際は多くの場合そうではない。変化や革新が生まれる現場で重要なのは、思考のモードを論理思考と非論理思考の中間に持っていくことである。
論理的すぎるのはもちろん、非論理的すぎてもいけない。著者はこれを「ストラクチャード・ケイオス(structured chaos)」と呼ぶ。これは個人での発想に限らない。チームでアイデアを考えるときには、ロジカルな発想をするメンバーと直感的に発想するメンバーの比率に配慮して、チームのモードがストラークチャード・ケイオスに状態になるようにする。もちろん、ここでも認知の再構成は必要だろう。このモードは直感的に考える側、論理的に考える側、どちらにとっても気持ちのいい状態ではないからだ。
ちなみに、子どもがマニュアルなしで自転車に乗るように、この思考法も何度も挑戦すれば使いこなせるようになる、そうだ。ただし、本論文集を読み、理解するだけでは到底無理である。手を動かし、チャート図を何度も書いては捨て、書き直す修行が必要がある。
その他、社内で企画を通すためのインターナル・マーケティングのコツや従来のマーケティング手法についても紹介される。どれにも共通しているのは、シンプルで直感的に理解可能なこと。読みすすめていくうちに、自然と自分の置かれた状況にどうやったら応用できるかを考えることになるだろう。例えるなら、数学の良質な問題の鮮やかな解法に、「そう来たかー」とエレガントな補助線に感心するが、なかなか問題は解けないように。
巷に溢れている思考法の伝授を謳う本にはなく、本論文集にある素晴らしい要素は、「どうすれば、学ぶものが教えるものを超えられるのか」という問いを立て、具体的な解を出していることだ。育成の本質を教える側が持つナレッジを学ぶ側にダウンロードすることと定義し、ナレッジを「やるべきこと」と「やり方」、そして「文書化できるもの」と「文書化できないもの」に分けて考え、2×2のチャートで4種に整理して解説している。
もちろん、切れ味の鋭い思考法を手に入れたからといって、智に働けば角が立ち、住みにくい人の世ではある。そんな状況でも、組織の中でSHIFTを生み出したいという気概を持っている人には必読である。ダジャレでつけた疑いがある定価、4,374円(ヨミナヨ)の価値は十二分にある。
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論文集で登場するストラクチャード・ケイオス。これはファストな思考がケイオスで、スローな思考がストラクチャーであるとも考えられるだろう。併せて読むと理解が深まる。書評はこちら
インターナル・マーケティングでも重要なディシジョンマネジメント、その関連書籍。
4,374円は高いけど、気になるという方は収録されている論文(486円)の1つを