空や川など自然界には美しい流れがあり、多数のいのちが宿っている。本書は自然や社会現象などを含む万物がどのように、なぜ進化するかを明らかにした、極めて意欲的な科学書である。
著者は米国デューク大学特別教授の機械工学者で、米国版ノーベル賞といわれるベンジャミン・フランクリン・メダルを2018年に受賞した。
副題にある「コンストラクタル法則」とは、物質と非物質を問わず進化はより良く流れるかたちに進化する、という物理法則で、著者が1996年に工学系の専門誌に発表したものだ。ちなみに原語のconstructalは彼の造語で、生物と無生物の全てに対して普遍的に成り立つ法則というのが著者の主張である。
コンストラクタル法則は、一般向けには前作『流れとかたち』(紀伊國屋書店、2013年)で啓発書として発表され、読書界に強いインパクトを与えた。今作ではさらに射程を「生命(いのち)」にまで拡張し、自然界に見られる多彩な現象をシンプルに解き明かした。あらゆる事物の生命と進化の諸相が一刀両断にされるのだが、著者は最初にこう述べる。
「生命と進化は物理的現象だ。それは私たちが生物学で学ぶものよりも、はるかに広範に及ぶ、途方もなく重要な地球上の現象だ」(14頁)。ここで評者の専門である地球科学に、著者の見解を繋げてみよう。
地球最古の生命は38億年前もの大昔に誕生した。それ以来、現在まで絶えることなく連綿と続いたおかげで、我々人類は現代社会で生産と消費を謳歌するようになった。ところが、その長い年月のあいだには、生物が大量絶滅の危機に瀕したことが一度ならずある。
たとえば、海も含めて地表の全部が凍り付き、また巨大噴火によって灼熱地獄になったことが何回もある。こうした環境の激変をくぐりぬけて生物は生き延びたのだが、そのプロセスで様々な「進化」を経験した(拙著『地球の歴史』中公新書)。
著者はそうした進化の諸相を物理学の確固たる理論から解説し、進化には生物も無生物も関係ないと説く。言わば、動きながら自由に変化する、つまり絶えず流れているものが「いのち」であり、その流れが尽きたシステム(系)に死という終焉が訪れる。換言すれば、「いのち」とは他の生命と世界へ自由にアクセスし、より長く生きたいという衝動にほかならないのだ。
本書には、地球と生物をマクロに観察することから浮かび上がる「生命の知恵」が随所に散りばめられており、自然界をまるごと捉える「科学的ホーリズム(全体論)」の指向性を持つことに評者は強い共感を覚えた。
ちなみに、地球科学の目標を一言で表すと、「我々はどこから来て、我々は何者で、我々はどこへ行くのか」となるが、本書は「我々はどこへ行くのか」に明確な描像を与えている。なお、この名句はゴーギャンが描いた大作絵画のタイトルでもある。
さて、本書の独創的なアイデアが生まれた根底には、生命や地球のようなマクロな現象を予測する際に現れる困難な経験がある。つまり、ミクロを追求することによってマクロを説明しようとする自然科学の伝統的な手法に、著者が決定的な限界を見出したからだ。
言わば、デカルト以来の「要素分解法(還元主義)」から脱却する方法論を、著者はコンストラクタル法則に見つけたのである。世界の多様性を細分化することなく、虚心坦懐にまるごと全体として観察したときに現れる「自然界の無駄のない振る舞い」に、彼は真っ先に着目した。まさに慧眼ではないだろうか。
そして議論はビジネスの現場まで拡張される。「良いアイデアは遠くまで広まり、そして広まり続ける。こうしてデザインが進化しながら流れることこそが、『良い』という言葉の意味するところだ」(13頁)。著者が提起したコンストラクタル法則は、社会の階層、交通網、資本の流れ、文化の伝播というあらゆる領域を的確に理解するために鮮やかに応用されてゆく。
いま世界中で話題の人工知能についても著者はこう語る。「私たちは人工知能を恐れるべきか。もちろん否だ。それどころか、じつはその正反対で、人工知能はいくら増えても足りないほどだ」(287頁)。この結論に評者もまったく賛成で、「想定外」に対してクリエイティブに対処できる自らの「いのち」があれば恐れる必要はないのだ。
「コンピューターは自分というものを持たないし、今後も持たないだろう。それに対して、あなたには、あなたというものがある。(中略)コンピューターはあなたの付加物にすぎない」(291頁)と喝破する。機械工学の第一人者が人工知能に不安を持つ我々の未来に、明るい希望を提示するのだ。
著者は世界で最も論文が引用される工学者100人にも選ばれており、その発想と応用力に皆が注目している。理系文系の双方に通ずる著者の教養は、並大抵のものではない。
評者は前著『流れとかたち』も熟読していたのだが、本書を読んでまたしても「してやられた」と思った。ビジネス書を100冊読むより、本書1冊を丹念に読むほうがずっとよい。こなれた翻訳も見事である。科学者のみならずビジネスパーソンに骨太の知識と知恵を供給してくれる快作として推薦したい。