女たちのテロル
ーもう一冊の新刊『女たちのテロル』も面白く拝読しました。100年前に自ら権利を勝ち取るために命を懸けて戦った女性たちがいたことを知ってなんかやらなくちゃいけない、と焦る気持ちちになりました。実は本を読んですぐ「文子と朴烈」を見に行ったんですよ。本から得た情報と映像が放つリアリティで息が詰まりそうになりました。
ブレイディ:それは作品にとって本望ですよ。主役のチェ・ヒソが可愛いでしょう。大阪に住んでいたことのある女優さんですが、今の日本人の女優さんで演じることができる人はいるだろうか?と思いましたね。
だいたい、金子文子っていままで辛気臭く書かれてきたじゃないですか。不憫で可哀そうな女、という印象しかなかったでしょ。それをチェ・ヒソはカラッと演じてくれて「これっ!」って思いましたよ。栗原康さんの書かれた伊藤野枝もバーンと弾けててかっこいいですよね。
ーエミリー・ディヴィソンが競馬場で馬に蹴られるシーンもYOUTUBEで観ました。
ブレイディ:あれは競馬番組で放送されていたんですよね。それも3か所から撮影されてて。スタスタスタって歩いて出て行って、何頭かかわすんだけど、最後に走ってくる馬にサフラジェット(婦人参政権活動家)の旗を付けようとしていたとか、その旗を振ろうとしていたとか言われてますね。本人は死ぬつもりだったか、どうだったかもわからない。
―この人もそうですし、アイルランド独立運動の凄腕狙撃手、マーガレット・スキニダーも『女たちのテロル』を読まなければ、絶対に知らない女性でした。
ブレイディ:あともうひとり、アイルランド独立運動のイースター蜂起でイギリスに向かって銃を撃ち、その後、ダブリンから出馬してイギリスの女性国会議員第一号になったマダム(マルキエビッチ伯爵夫人)は、もっと知られていい。伝記、翻訳されてないですよね。
本物の無頼は女しかなれないんですよ。
さて、ブレイディさんはイギリスのEU離脱の現状をどう思います
ブレイディ:永遠に延期、延期、延期、になって、ないない尽くしで続くんじゃないでしょうか。だってアイルランドの問題がある限り、どうやったって出られないんじゃないかなあ。
そんなことをしているうちに、EU自体がなくなったりして。ただ、EU解体もイギリスにかかってますからねえ。もしね、イギリスがEUから離れて「あれ、けっこう行けるよ!」ってことになったら、追随する国が出てくると思う。
アイルランドに遊びに行って友人たちとお酒を飲んでると、最初、彼らはイギリスのEU離脱のことを茶化しているんですよ。でもだんだんお酒が深くなると、ぼそっとね、「お前らが上手く行ったら、おれらもでられるんだけどなあ」って漏らしたりして。
いまイギリスは迷走状態でしょ。この前のEU議会選挙では、イギリスでは右翼のブレグジット党が勝ったけど、ヨーロッパ全体でも離脱を訴える極右ポピュリスト勢力が圧勝と言われていたんですよ。でも、思ったより伸び悩んだ。結局、ヨーロッパではリベラルの親EU勢力が踏ん張ったってことは、庶民は離脱なんて無理、って思ってるんですよ。イギリスの体たらくを見ているから。
イギリスでもノーディールでいいからぶっちぎって出ろ、っていう人ばかりではない。。離脱したほうがいいけどノーディールは嫌、っていう穏健な人だっている。反対に強固な残留派で、もう一度、何が何でも国民投票をしようっていう人もまた一部なんですね。「どっちかといえば残留派」の人たちには、もう一回国民投票なんかしたら、離脱派が激怒して暴れそうだしヤバくない?っていう人もいる。離脱派も残留派も、それほどゴリゴリに極端な意見を持ってない人がいて、この人たちがもう、飽きてるような感じがします。。
毎日毎日同じ話題で、ナショナルクライシスって連呼されると、麻痺しますよね。もう飽き飽きしているなかで、メイ首相が辞任することで「何かが変わる」という期待感もある気はしますが。
イギリス国内では緊縮財政で、みんな暮らしがキュウキュウなのに、そちらには目を向けさせず「EU離脱」問題ばかりで国民を中毒にさせているんじゃないかという気さえしています。
貧困層は結構亡くなった人も出てますから。経済政策で人は死にます。障害者に無理して働かせていることが問題になって、非人道的だって国連の調査も入ったんですよ。
ーイギリスの貧困層の現状はどうなのでしょうか。『子どもたちの階級闘争』では以前働いていた保育園がフードバンクになる、ということで終わりましたよね。
ブレイディ:もっとひどいことになっているんですよ。なんと、近くの図書館を自治体がつぶしやがったんですよ。お金がなくて維持できないってことで、しばらく草ぼうぼうのままだったのに、最近、いきなりそこをホームレスのシェルターにするって言いだして。前の保育園をフードバンクにしたときもそうですが、人間が生きるために、食べることより少しマシなところを全部つぶして、生きるためのカツカツの場所に変えていく。
確かに図書館なんてなくても生きていける、って言われればそうですが、基本の衣食住がひどいことになっているんですね。
緊縮財政だ、国の財政再建のため、といって、福祉とか文化、教育への投資を削りまくる。国内はEU離脱で大騒ぎしていますが、離脱しても、国民投票をやり直して残留しても、もう無傷ではいられません。世の中がこれほど分断されてしまっているいま、それを修復するのは若い世代。でもお金は教育に回さず、インフラは古くなってめちゃくちゃ、その上、図書館まで失くしてどうやって学ぶんですか。
全国校長会議みたいなものが、先日声明を出したんですが、こういう状態のイギリスはゆるやかに自殺しているようなものだ、と。子供にお金を投資しないことは、子供がかわいそうでもあるけれど、実は将来的に大人が自分の首を絞めていることなんです。
イギリスは「読むカルチャー」を大事にしています。小学生のときから読書の時間があって、親が読書ノートに、読んだ時間やその時の反応を学校に報告しなきゃなりません。幼児でも読み聞かせて、その反応を毎日先生に報告します。なんと7年間ですよ。後半になれば自分で書きますが、なかなか大変です
だから本は絶対に必要なのに、図書館が閉鎖されたら、毎回買うわけにもいかないし、読む量だって半端ないし、困るんですよ。イギリスの学校はまだ紙の本で読むのが主流なので、図書館が無くなるのは死活問題。だからいま、子供の親たちが立ち上がっているところです。だって、「読む」というカルチャーを下の階層から奪っているんですよ。
息子の学校でもスマホやキンドルで読んではダメってことになってます。紙の本で読むこと、はきちんと体験させたいです。
息子さんの将来
―インタビューアはみんな聞きたいことだと思いますが、息子さんは将来、何になりたいって言ってますか?
ブレイディ:幼いころはね、彼はフットボール・コメンテイターになりたい、って言ってたんですよ。普通なら選手になりたいっていうでしょ。でも妙に醒めた子で、自分のサッカーの実力を知っているので、5歳くらいから、フットボールには詳しいからコメンテイターになりたい、って言ってたんです。
でも中学になってから「シティズンシップ・エデュケーション」(日本語の定訳はなくて「政治教育」「公民教育」「市民教育」などと言われている)に興味があって、政治家とか弁護士とかになりたいみたいです。まあ、もちろんわかりませんけどね。
ーまだまだ連載は続きますよね。こんなことを言っては失礼かもしれないけど、私はイギリスの『岳物語』のように楽しみにしています。
ブレイディ:今みたいにピュアに親に話してくれない年齢になったら、書けないかもしれないし、どうなるかはわかりません。今まで日本語がよめないからいいか、と姑息に思ってきたけど、最近では文章を写真に撮ってGoogle 翻訳にかけて読んでいるみたいなんですよ。自分を書かれるの、嫌がるかもしれない。そうなると、どうなるのかな、という気はします。
最後に一緒に写真を撮っていただきました。