生命とは何か? こう問われたら、多くの人は生物学というフレームワークを用いて解を導こうとするだろう。しかし、本書のアプローチは一味違う。徹底的に物理学からアプローチして、この問いに挑もうとするのだ。
著者は2018年に米国版ノーベル賞と言われるベンジャミン・フランクリン・メダルを受賞した科学者。これだけ聞けば、本書には難解な数式が多く出てくると思うかもしれないが、それは違う。
本書が拠り所にするのは、著者が「コンストラクタル法則」と名付けた法則。それは本書で以下のように説明される。「有限大の流動系が時の流れの中で存続するためには、その系の配置は、中を通過する流れを良くするように進化しなくてはならない」。
本書は、コンストラクタル法則の提唱者である著者が、森羅万象を物理学的な見地から語ることで、その法則の有用性を示した一冊である。
この法則の意義深さは、生命と捉える対象が、無生物の領域にも及ぶことにある。著者は「自由に変化する流れの配置とリズムがあれば生命である」と定義しており、生命体の範囲を、河川、稲妻、雪の結晶、乱気流にまで広義に解釈している。
「流動系」という視座もポイントである。これにより、流れているものと、その流れが通過する道筋のデザインという2つの要素から対象を分析することになる。さらに「進化」という時間軸を加えることで、分析は極めて立体的なものになるのだ。
通常の生物学のアプローチでは、観察の対象のほとんどが体の中を流れるものに限られており、体の外を流れるものの視点が欠落しているのだという。しかし世の中のあらゆる現象は、内部の流れと外部の流れの両方が、流動系そのものや構造の形を変え、全体を改善していくのだ。
むろん、対象となる無生物にはテクノロジーも含まれる。たとえば、飛行機が進化する過程で、胴体の長さと翼幅が時代とともにほぼ等しくなった事実を物理学的に導き出す。さらに対象を広げ、都市構造の変遷、経済の成長や衰退、帝国の興亡といったテーマにまで話題は及ぶ。
本書の読後感には、まるで目の前の景色が変わるような驚きがあった。多様で無秩序に思える世界の中にも根本原理のようなものが存在している。地球そのものが一つの大きな意思を持ち、世界を緩やかに動かしているような印象を受けるのだ。
日頃頻繁に使用している言葉の定義が、まったく違うものに見えてくるのも新鮮である。「自由である」とは「効率性にもとづき予測可能な動きを示す」ことにほかならないし、「進化」とは「デザインの変更」に過ぎない。また格差の拡大を生み出す階層構造は、「流れ」という観点から見ると、きわめて合理的なものなのだ。
本書は細分化した科学という学問を、物理学の持つ普遍性で貫き、森羅万象を横断している。そこで痛感するのは、統合的な視点から物事を捉えることの大切さである。万物の進化を物理学で捉え直すことにより、多方面から明るい未来を浮かび上がらせている。どういった尺度で物事を見るのかという点にこそ、人間性は表れるのだと思う。
※週刊東洋経済 2019年6月22日号