実に面白い。本の中身の前に、まず本を売る仕組みについてだ。
本書は、価格が読者に委ねられた一冊である。紙の本を購入する場合は印刷原価に相当する390円、電子版については0円を支払う。その後、価格設定をいくらにするかを読者自身が決め、特設サイトから支払うという仕組みなのだ。
ちなみに発売から3日経った段階での支払総額は43,569,400円。支払った人の数が685人というから、1人あたりの金額が63,604円(5月12日8時現在)。通常、この手のビジネス書の定価は1500円程度だろうから、多くの読者が大口の支払いをしているということになる。
つまり本書は「本の価格を自由に読者に委ねてみたら、定価で売った場合より儲かるのか?」という実験を行っている一冊なのだ。
本に限らず多くのコンテンツは、価格を先に払うということが基本だ。それはある意味リスクが支払う側にあるということだが、コンテンツに親しんでいればいるほど、この事実を見落としがちだ。つまり習慣化するということは、思考停止するということでもあるのだ。だからこそ、これを逆転させるだけでイノベーションが生まれる。
また通常は、出版に伴うソーシャルメディアや動画の配信をプロモーション目的で無償にし、本体価格で対価を回収するところであろうが、この点においても逆である。タダ同然の本書を読んだあとに特設サイトへ行くと、インスタグラムのアカウントフォローや対談動画の視聴に対してお金を支払うような設定になっているのだ。
それにしても、なぜこのような実験をやろうと思ったのか? それは本書の中身を読めばよく分かる。この施策をただの思いつきでやっているわけではなく、著者のこれまでの半生や日頃考えていることとリンクしているからこそ、プロモーションとして素晴らしいと思える。
著者は2017年に「CASH」というアプリを作り、大きな話題をさらった光本勇介氏。CASHは 簡単にいえば「目の前のアイテムが一瞬でキャッシュ(現金)に変わる」サービスである。
服でも、靴でも、バッグでも、そのアプリで写真を撮れば、その瞬間に金額が表示され、その額が口座に振り込まれるという触れ込みであった。あまりの反響にサービス開始後わずか16時間で停止に追い込まれたほどである。
はたから見れば、このサービスはお金をばらまいているようにしか見えなかったかもしれない。しかし、これこそが著者の狙いであったのである。
たとえばマンションの屋上から現金1億円を地上にばら撒いたときに、いったい何人がそれを自分の財布に入れるのか、いったい何人が屋上にいる自分のところまでお金を届けに来てくれるのか、その景色を自分の目で見てみたかっただけなのだという。
背景にあるのは、著者が性善説をビジネス的な観点から支持しているという事実だ。いま、ほとんどのビジネスが「すべての人を疑う」という前提で成り立っている。その最たるものがパスワードだろう。これは悪い人5人を排除するために、良い人95人に無駄な入力をさせていることにほかならない。しかし「すべての人を信じる」前提でも成り立つと証明できたら、これからのビジネスがすべて一変する可能性があるのだ。
それにしても本書のこの仕組み、罪作りなくらい読者ファーストである。本体価格が下がっているということは流通や書店の取り分も少なくなるだろうし、この記事からkindle本を購入してもアフィリエイト収入は発生しない。もちろん重版がかかっても、印刷会社以外に喜ぶ関係者はいない。
それでも、本書からは出版という枠組みを明らかにはみ出した熱量が伝わってくる。こういった出来事が、単なる一冊の本のプロモーションに留まらず、世の中の仕組み自体をアップデートしていくことだろう。さて、いくらのお支払いにしようかな。