73万人。日本に住む中国人の数だ。鳥取県、島根県の人口よりも多く、高知県とほぼ同数というから驚きだ。横浜市には全校児童の約4割が中国籍の公立小学校もある。
日常的にも中国人と接する機会は増えている。コンビニエンスストアや居酒屋の店員の多くは中国人だ。
日本の大企業が中国籍の大卒社員を積極的に採用し始めて久しい。繁華街でも店員と客の大半が中国人という料理店を目にするようになった。
このように日本では急速に中国人社会が形成されているわけだが、彼らは果たしてどのような思いで日本に来て生活し、生き抜こうとしているのだろうか。
本書に登場する中国人の職業や来日した理由はさまざまだ。通販会社の社長から会社員、マッサージ師、行政書士、アニメの声優、大学生まで多岐にわたる。
ジャーナリストとして中国人コミュニティーと多くの接点を持つ著者は、丹念な取材で彼らの本音を炙(あぶ)り出し、等身大の中国人を描き出す。
在日中国人と聞けば、かつては不法滞在をし、低賃金で単純かつ過酷な労働に従事していた印象も強かったが、今ではそのようなイメージはない。
忘れてはいけないのは、彼らを取り巻く環境の激変だ。中国は日本の約2.5倍の国内総生産(GDP)を誇る世界第2位の経済大国に成長している。
地価の高騰で上海など中国の大都市では家を買えそうもないから日本で家を買ったり、中国での過酷な競争を避けて日本で事業を展開したりするケースもある。
日中間にかつてとは逆の経済格差が生まれつつあることを痛感させられる。
興味深いのは、彼らが「このままでは私たちは取り残されるかも」という焦燥感を募らせ、常に母国の情報を仕入れているところだ。
経済成長著しく、熾烈な競争に晒(さら)される中国に身を置くか、成長が鈍化した日本にいるかでは当然、人や企業の成長に差がつく。
象徴的なのは子どもの教育で、「日本の教育はゆるすぎる」と感じる保護者は多いという。中国には「小学4年生で日本の中学3年生レベル」というほど理数系のカリキュラムに熱を入れている学校もある。
一方、「在日中国人」といっても一枚岩ではない。「日本語を話す必要が無い」との理由で、住民の半数以上を中国人が占める団地に住む者もいれば、中国人が多い地区をあえて避けて暮らす者もいる。
日本人同様に中国人もまた十人十色の価値観を持っているのだ。
彼らが右肩上がりの成長を続ける母国に帰らず、日本に居続けるのには理由がある。
中国のような強烈な足の引っ張り合いは少なく、政府の規制もなく、自由を享受できる。超富豪にはなれないかもしれないが、頑張ればそれなりに成功できる社会である日本に魅力を見いだす者は少なくない。
日本の経済の停滞や、政治不安を指摘する声は多いが、在日中国人の視点は今後の日本の可能性を示している。
中国人の実像を描くと同時に、第三者の視線にあふれた本書は、21世紀の日本の課題を浮き彫りにしている。
※週刊東洋経済 2019年3月9日号