1945年、人類初の核兵器が広島と長崎の一般市民殺戮を目的に使用されてから70年あまり、その後一発も戦場では使われていない。
それは核保有国の倫理観や戦略的自制というよりも、たまたま核保有国間の戦争がなかったからであり、人類にとっては単なる僥倖でしかないのかもしれない。アメリカ、ロシア、中国だけでも合計1万発を超える核兵器を保有していると見られているのだから。
本書はその核兵器の基本原理から最新構造までを、現役の物理学者が徹底的に解説した稀有な技術書である。価格も9000円台と超弩級だし、数式やグラフも多様されているため、一般の読者向けに書かれたことは間違いない。
しかし、たとえ北朝鮮の軍事技術者が本書を手に入れたからといって、核兵器開発が前に進むというものでもない。核兵器製造に必要な特殊な物資や材料、爆薬や制御技術についてはほとんど触れられていないからだ。
それにしても、この本の異様な面白さはいったいどこからくるのだろう。
考えてみると、20世紀は物理学の時代だった。量子力学が半導体技術の母体となり、そこからコンピュータが生まれ、今日のインターネット社会、AIの時代へと導いた。いっぽうで20世紀の技術的な負の側面こそが核兵器であり、それをよく知ることで、20世紀がより理解できるからではなかろうか。人間を理解するときにも、表と裏を知らなければならないのと同じことだ。
21世紀はテクノロジーの世紀だ。大国においてイデオロギーや政治体制は溶けてしまい、一般人の生活にもむき出しのテクノロジーが入り込んできている。
そんな時代だからこそ、歴史に学ぶとしたら20世紀の負のテクノロジーをよく知ることが必要だと思うのだ。つまり、本書はある種の読者にとっては歴史書であり、もちろん知的好奇心を満たす科学書でもある。
※週刊新潮より転載