ここ数年、リカレント教育や「社会人の学び直し」という言葉を聞くことが増えてきた。文部科学省や厚生労働省が予算を付けはじめたことで、大学の公開講座や社会人向けの大学院も増えている。スキルアップや転職に備えて、最新のビジネス知識やテクノロジーを学び直すのが目的だろう。一方で、総合的な教養を学び直したいというニーズもあるようだ。
フェイスブックの投稿を見て、己の教養のなさを感じたことがあるという人も多いだろう。SNS(交流サイト)はマウンティングの場でもある。巧妙に教養をひけらかして自己顕示欲を満たすことができるスペースなのだ。
それに対して、「趣味としての教養」があってもよいのではないかと思う。ひとり物事をよく知ることだけを楽しみとする。多くの人が小学校から大学まで16年間も勉強し続けてきたのだ。その埋没コストをムダにしないためにも、ゆっくりと楽しみながら復習するという具合である。
『日本史で学ぶ経済学』はまさにそのニーズを満たす一冊だ。享保の改革について「足高の制」や「目安箱」などを中学校で学んだはずだ。本書はそこではなく、例えば勘定所を公事方(司法)と勝手方(行財政)に分割して行政の効率化を図ったことを詳しく記述する。
それは経済学的には「組織内の取引コストの低下」を狙ったものであったというのだ。さらに公文書をアーカイブ化したことで「組織の記憶力の強化」も狙ったという。まさに日本史と経済学の学び直しを同時に達成できる仕掛けになっている好著だ。
これらは転職にもSNSでの自己顕示にも使えない教養だが、子供の頃の膨大な学習時間がムダではなかったことを確認できるだけでもありがたい。
亨保の改革では大坂米市場も公認した。『大坂堂島米市場』は世界初の先物取引市場を解説した読み応えのある本だ。その仕組みは想像以上に複雑だったらしい。穀物市場と金融市場が一体化したもので、米産地などの遠隔地との通信や信用創造なども実に現代的だ。
当然、規制当局の幕府も市場参加者の一人である。武士にとっては米価格が高いほうがありがたいが、治安面からすれば乱高下も困る。定常的なキャッシュフローを確保する必要もある。そのあんばいをどうコントロールするのか、市場参加者のインセンティブをどう設計するのかなどを知ることは、まさに「娯楽としての教養」の好例である。
この2冊が教科書だとすると『日本史の新常識』はコミック参考書という位置づけだろうか。歴史学的に正当な教科書だけでは飽きることもある。本書では「蘇我氏と藤原氏を繁栄させた『最新技術』」「『光源氏』は暴力事件の常習犯」「秀頼はやっぱり秀吉の子ではない」など逆説的で目を引く項目が並び、楽しく学習意欲を維持することができる仕掛けになっている。「趣味としての教養」こそ人生を豊かにしてくれる。
※日経ビジネスより転載