知る人ぞ知るノンフィクション作家・宮田珠己は『日本列島津々うりゃうりゃ』(幻冬舎)を旅する、もしかすると当代随一の紀行文作家である。ただし、その目的は『いい感じの石ころを拾いに』(河出書房新社)とか、『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎)とかなので、ちょっと変わっている。
あまりの緩さに心を入れ替えて、お遍路に出たと思ったら『だいたい四国八十八カ所』(集英社)だった。「だいたい」ってどういうことやと突っ込まれることを見越してか、『わたしの旅に何をする』(幻冬舎)と開き直ったかのような本を出したりもしている。
そんな宮田氏であるが、『無脊椎水族館』のもとになった連載執筆の目的は、とりわけおかしい。食べるためでもなく、伝えたいことがあるからでもなく、ただ自分を癒やすために書いたらしい。
は? 大丈夫ですか。しかし、目的は何であろうが、大切なのは中身である。全国の水族館を巡るこの本、意外にも(というのは失礼至極であるが)、むちゃくちゃ面白い。水族館がこんなに静けさに満ちた素晴らしい場所であるとは、まったく知らなかった。
水族館の素人は、ついイルカやアシカのショーに目が奪われがちだ。次は、やはり背骨のあるお魚たちだろう。宮田氏に言わせると、それは間違えている。タイトルにあるように、水族館の真髄は無脊椎動物にこそある。
宮田氏自身が撮影した数多くの美しいカラー写真を見ていると、水族館は変な生き物にあふれていることがよく分かる。そして、その「変さ値」は、無脊椎動物が圧倒的である。
つらい時、疲れた時、陰気な時、ストレスが蓄積した時、さらには特に問題ない時ですら、水族館の暗くて静かな空間へ行けば、ほっとすることができるという。この本を読むと、確かにそんな気がしてくる。
おじさんの「ひとり水族館」が密かにブームになっているそうだ。聞いたことないぞ。けど、そういうおじさんたちはひっそりしていて、「最近ひとりで水族館へ行ってますねん」とか声高に言ったりしないだろうから、ブームが目立たないだけかもしれない。
個人的にはタツノオトシゴが好きだ。無脊椎動物ではない。ああ見えて白身のお魚である。『タツノオトシゴ図鑑』は、そのすべてを教えてくれる。
カタチだけでなく、海藻につかまったらほとんど動かないとか、卵胎生でお腹の中で子どもが孵(かえ)るとか、その生態もユニークだ。この本さえあれば、もうほかのタツノオトシゴ本はいらない。まぁ、ほとんどの人は、もともといらないかもしれないけれど。
『ほぼ命がけサメ図鑑』は、「シャークジャーナリスト」沼口麻子によるサメのすべてが分かる一冊だ。サメの生態より、死にそうな目に遭いながらもサメを愛し続ける沼田女史の生態の方がもっと面白いような気がしたことを申し添えておきます。
(日経ビジネス9月10日号から転載)
タツノオトシゴって形だけじゃなくて、ホントに不思議なお魚です。
沼口さん、いつまでも元気にがんばってください!