最も怖いジャパニーズホラー映画は何か。著者の沖田瑞穂がインターネット検索をした結果、総合、男性、女性すべてで『リング』シリーズ、『着信アリ』シリーズ、『呪怨』シリーズが上位3位を占めていたという(2007年オリコン調べ)。
このデータ後、2016年には映画『貞子vs伽椰子』が公開されたり、USJのホラーナイトに貞子が登場したり、『リング』のハリウッド版第3弾が公開されたりと彼女たちは引っ張りだこだ。
この三作の呪いの主はいずれも女だ。『リング』の貞子、『着信アリ』の美々子、そして『呪怨』の伽耶子。彼女たちは象徴的な現代日本の女性霊だが、もともと日本の女の幽霊や神話の女神たちは怖い存在であった。
『怖い女 怪談、ホラー、都市伝説の女の神話学』は美しく優しく温かく人々を育み見守る女神や母神が、そのような側面だけを持つのではない「恐るべき」存在であることを読み解いていく。
例えばイザナギだ。「母なる女神」は死後、冥界において変貌する。生を司る美しい女神は、死を宣告する醜く恐ろしい存在となり、イザナミを追いかけてきた。私たちは現代のホラーを通してその恐怖を経験することができる。
例えば「口裂け女」や「テケテケ」などの都市伝説だ。小学生の間で恐怖の物語として姿を変えて何度でも話題となる、追いかけてきて取り殺すという女の存在。
だがこのような話は世界各国に残っていることを、著者はロシアやインドネシア、インド、ニュージーランドなどの神話や伝説から導き出していく。
女性の霊が災いをもたらすのは決まって子孫である。他人の子どもを食い殺したり、妊娠できなくして一族を根絶やしにするという仕打ちは、霊そのものの力もあれば、特別な箱などに掛けられる呪いもある、という伝説も世界中に残っていた。
パンドラの箱、コトリバコ、そして浦島太郎の玉手箱もその範疇に入るだろう。白い煙が子を作らせぬための乙姫の呪いだと思うと、あの童話の結末は恐ろしい。
女性の霊というのは多くは母の愛の裏返しではないかと著者は結論付け、愛憎が表裏一体となった「怖い女」の正体が見えてくる。愛情が深すぎて他に取られないように食べてしまうというのは、哺乳類でも珍しいことではない。
神話や昔話、都市伝説などから創作された小説や漫画も多く紹介されている。三津田信三『どこの家にも怖いものはいる』、岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』、美内すずえ『妖鬼妃伝』、京極夏彦『魍魎の匣』、湊かなえ『母性』、小野不由美『ゴーストハント2人形の檻』など、登場する「怖い女」の素性の分析や物語の類型など今まであまり考えたことのない分析がされる。
本当に怖いのは現実の母と子の確執だ。暴露本には母に絡め取られた子の慟哭が綴られる。その多くは女神の残忍性と酷似している。女の怖さの正体をまざまざと見せつけてくれた評論である。(ミステリマガジン5月号)