去る3月14日、著名な宇宙物理学者のスティーヴン・ホーキング教授が亡くなった。ブラックホールや宇宙の始まりについての研究で、数多くの功績を残した巨星の逝去に大変ショックを受けた。平易な文章で、一般読者にも分かりやすく宇宙を語ってくれた『ホーキング 宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』を始めとした多くの著書を、興奮しながら読んだものだ。
個人的に宇宙の問題には大いに関心がある。人類に残された科学の最後のフロンティアは、意識の問題と宇宙の成り立ちの二つだと思っているので。
だが、ホーキング氏のように、一般の人の宇宙への興味を駆り立ててくれるパワーと説明力を持った科学者はまだ他にもいる。日本では、『宇宙は何でできているのか』がベストセラーになった東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)機構長の村山斉氏が代表格だが、アメリカではニューヨーク市立大学の教授で理論物理学者のミチオ・カク氏がその一人である。
専門は素粒子論、特に超ひも論(superstring theory)で、いわゆるひもの場の理論の創始者の一人である。ディスカバリーチャンネルにもしばしば登場し、宇宙を始めとした様々な最先端科学の問題を分かりやすい言葉で解説してくれる。最先端科学の知見からこれからの世界を予想する未来学者としても有名で、科学の普及活動に熱心で多くの著書を出版しており、科学番組への出演も多い。
ディスカバリーチャンネルでカク氏の番組を初めて見た時、トピックは難しいのに英語も含めて話が分かりやすく、しかも人類にとっての明るい未来を示してくれるので、一遍でファンになってしまった。最初は、日本人でもここまで正確で流暢な英語を話す科学者が出てきたのかと驚いたのだが、実際にはアメリカで教育を受けた日系三世のアメリカ人である。
カク氏の本は翻訳が出るたびに必ず購読しているが、特に、スターウォーズのデス・スターやスタートレックの転送装置など、SFに出てくる科学技術が本当に可能なのかどうかを論じた『サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か』 が秀逸だった。
そんなカク氏の新刊” The Future of Humanity: Terraforming Mars, Interstellar Travel, Immortality, and Our Destiny Beyond Earth”が出版されたので、翻訳を待ちきれずに原書を買ってみた。
かなりの大部だし、自分の専門外の本だし、英語だし、iPadに入れたkindle(電子書籍)で気長に読もうと思っていたのだが、今回はAudible(オーディオブック)を試してみたら、これが実に聞きやすくて良かった。ということで、今回の書評は読んだ感想ではなく、聴いた感想なのだが、これも科学者の本らしくて新しい試みで良いのかなと思う。
それで本題に入ると、本書で語られているのは、究極的には太陽の寿命とともに地球も滅びる運命にあり、人類が生き延びるためには、他の惑星への移住が必要になるということである。
科学者らしく、人類が地球を飛び出して宇宙で生き延びるために何が必要で、それは今の科学技術でどこまで実現できるのか、或いは新たな理論的発見がなければ実現不可能なのかなどを、以下のように、順序立てて丁寧に説明してくれている。
まず議論の出発点は、太陽に寿命がある限り、いずれ地球上に人類は住めなくなるということである。従って、人類が生き延びるためには、地球に代わる新たな惑星を見つけなければならない。そのためには、恒星間航行ができる宇宙船を作る必要があるが、地球の重力は大き過ぎるため、そこから逃れるために最初のステップとして、月面に基地を作って、小惑星を材料に使って宇宙船を作る。
移住の最初のステップは、テスラのイーロン・マスクやアマゾンのジェフ・ベゾスが言うような火星への移住である。火星を人間が住める環境に作り直して、そこを人類の宇宙進出の足場とするのである。
火星という足場ができたら、次のステップは太陽系を脱出して他の惑星を目指すことだが、その前提として、人工知能(AI)を搭載し、自己再生産機能を持った高度な自動ロボットの開発や、原子サイズの量子コンピューターの開発が必要になる。そうした高度なロボットが人間と同じような意識を持つのか、それが映画のターミネーターのように、人間を排除するような行動に出ないのかも問題になる。
そして、銀河系から脱出するためには、いよいよ恒星間航行を可能とする宇宙船が必要になる。その方法としては、レーザーや光の圧力を帆に受けて航行するレーザー推進(laser propulsion)やソーラーセイル(light sail)、イオンエンジン(ion engine)、反物質エンジン(antimatter starship)、ラムジェットエンジン(ramjet fusion starship)などが考えられる。
但し、これらのエンジンを使えば、光速に限りなく近づくことはできるが、光速を超えることはできない。従って、ワームホールを通過するワープ航法などの全く新しい考え方と、その理論的裏付けが必要になってくる。
また同時に、人間が住める惑星を探さなければならないが、宇宙に出ると生命の有限性が問題になる。遥か彼方の惑星を目指すためには、何世代も宇宙船の中で過ごさなければならない。そもそも、なぜ生物には寿命があるのかが解明されなければならない。
生身の体ではなく、DNAコードだけを送って移住先でクローンを作る方法も考えられる。同時に、不死を追求するために、ブレードランナーにおけるレプリカント(遺伝子工学技術によって作られた人造人間)やスタートレックに出てくるボーグ(人間から作られた機械生命体の集合体)など、人間の改造とサイボーグ化も検討する必要がある。更に、意識のデジタルな保存の可能性や、その意識は本人そのものなのかという哲学的な問題にまで及ぶ。
また、人類が宇宙に進出することは、結局、宇宙人は存在するのか、宇宙人が存在するとしたらどのような存在なのか、人類が宇宙人と接触したら一体何が起きるのかという問題が、SETI(地球外知的生命体探査)の活動などと共に紹介されている。
そして、最後は宇宙の仕組みはどうなっているのか、未知の暗黒物質(dark matter)と暗黒エネルギー(dark energy)や、現時点で分かっている最新の超ひも理論(superstring theory)などが紹介されている。
本書はこれまでのカク氏の数々の著書の集大成であると同時に、最新科学の記述もてんこ盛りである。この一冊を読めば、今、最先端科学や理論物理学の分野で何が起きているのかが網羅的に理解できるし、イーロン・マスクがなぜ宇宙船ファルコンで火星を目指すのかも、大きな文脈の中で見えてくる。
そして何より、本書を読むと非常に前向きで明るい気分になる。ウォールストリートジャーナルの書評に、” The book has an infectious, can-do enthusiasm.”(本書にはやれば出来るんだという熱い気持ちを感染させる力がある)と書かれているが、全くその通りだと思う。
カク氏の著書も秀逸だが、YouTubeにインタビューが沢山アップされていて、特に、世界中の著名科学者や思想家の生の言葉を届けるサイトBig Thinkのシリーズがよくまとまっているので、こちらも是非見てみることをお勧めしたい。
例えば、”Is God a Mathematician?”(神は数学者か?)という回では、神は実在し、しかも数学者であるとして、次のように語っている。
近年、10~11次元の超空間に存在するひもを対象とする“ひも理論”が発見された。この次元は超空間であり、超―対称的であるため、“超ひも理論”と呼ばれている。・・・これまで物理学では『電磁』『重力』『強い力』『弱い力』の4つの力が発見されているが、この4つの力を統一して説明できる方程式がなかった。しかし、超ひも理論の登場によって、全ての現象が1インチ程度の方程式で表現できる可能性が出てきた。・・・超ひも理論は物理学の分野から出てきたにも関わらず、数学界にも革命的といえるほどの大きな影響を及ぼした。ご存知の通り、この理論は純粋数学的なのである。そのため、最終的な結論を申し上げると、『神は数学者である』ということになる。そして、神の御心を読むことにより、神の御心とされるものについて語ることができる。それは、宇宙的ミュージック、11次元の超空間に響き渡る弦楽器の音色に他ならない。
神の存在を信じるかどうかは別として、このような感じで、未来を含む我々を取り巻くあらゆることを科学的に解明し、技術的に実現してみようというカク氏の前向きな姿勢が、いつも我々をワクワクさせてくれるのである。
■Big Thinkのインタビューの例