人類進化の大きな流れを概説しながら、かつてのアジアにどれほど多様な古代型人類が存在したかを、最新の研究結果を踏まえながら教えてくれる一冊だ。現在の地球でホモ属に分類されるのはわたしたちホモ・サピエンスだけだが、数万から数十万年前の世界がどれほどバラエティ豊かな人類によって彩られていたかにワクワクせずにはいられない。本書で特筆すべきは、これまで人類進化を語る上での中心地となりにくかったアジアの地に焦点が当てられていること。人類誕生の地アフリカやネアンデルタール人の闊歩したヨーロッパだけでなく、アジアもまた人類揺籃の地だったのだ。
アジアの人類進化を中心に追いかけていく本書では、文筆家である著者が人類学の研究現場に自らその足を運び、知の最前線のリアルな姿を臨場感たっぷりに伝えてくれる。「新たな人類の発見」というニュースの裏にある、人類学の研究者たちが何を探して、どのような証拠をもとに何を考えているのかという探索と思考のプロセスまでもを楽しむことができる。
人類は、初期の猿人、猿人、原人、旧人、新人という5段階を経て進化してきた。700万年ほど前に現れた初期の猿人は、半樹上性・半地上性であり、森林から平原の生活に適応していく過渡期にあった。ここから、人類は今ではチンパンジー等が分類される類人猿と別の道を歩き始めたのである。忘れてならないのは、現在まで生き残っている人類は新人である我々ホモ・サピエンスだけだが、その進化の過程には実に多様な人類が存在したということ。わたしたちの親戚ともいえる古代型人類がどのような外見だったのか、どのような生活を営んでいたのか、どのように現代のホモ・サピエンスへと繋がってきたのか、想像するだけでも楽しくなる。
より地上性の強くなった猿人は常習的な直立二足歩行を特徴とし、300万から200万年前に現れた原人になると脳容積が増加を始める。初期の猿人から200万年間にわたって変化しなかった脳容積は、原人以降増加の一途をたどり、その増加傾向は現生人類にまで続く。原人のなかにはホモ・エレクトスのようにアフリカの大地を飛び出すものまでいた。100万から60万年前に現れた旧人にもなると、脳容量が現生人類を越えているケースも見られ、様々な点で今のわたしたちとの共通点を持っている。旧人の代表といえば、ホモ・サピエンスと混血していたことが世界を驚かせたネアンデルタール人だ。
そしていよいよ新人、つまり現生人類であるホモ・サピエンスが登場する。ホモ・サピエンスが誕生したとき、人類は実に多様で、同時代の異なる地域で異なる原人や旧人たちが繁栄していた。ところが、ホモ・サピエンスが現れると、人類は地域的多様性を失っていくこととなる。どのような経緯でホモ・サピエンスだけが生き残り、その他の人類が絶滅していったかを説明する確たる証拠はなく、本書の主題でもない。ホモ・サピエンスが一人ぼっちになっていくプロセスについては『絶滅の人類史』で、興味深い仮説がエキサイティングに語られている。
おおまかな人類進化について理解を深めると、本書はいよいよメイントピックであるアジアの古代型人類へと進んでいく。最初に取り上げられるのは、ジャワ原人。著者は本書の監修者でもある人類進化学者・海部陽介の誘いのもとジャワ島を訪ね、ジャワ原人発見の場をレポートしてくれる。どのような場所で、どれほどの人間が、どれほどの労力を投入して世紀の大発見に至ったかがよくわかる。1891年から1893年の発掘でジャワ原人を発見したオランダ人軍医ウジェーヌ・デュボワは、サルと人間をつなぐミッシング・リンクの発見を、手放しで喜ぶことはできなかった。19世紀の終わりころはまだ進化論に対する風当たりも強く、この発見にも懐疑的な目が向けられたのだ。科学者たちが、どのように証拠を積み上げて世界を納得させていったかという過程を語ることで、発掘現場や研究室での作業がより具体的にイメージできる。
ジャワ原人の研究には、標本群の所蔵場所がいくつにも分かれているため、研究者が包括的に全ての証拠を見ることができないという困難さがあった。ただし、世界に一か所だけこの困難から逃れられる場所がある。それは日本の国立科学博物館人類研究部であり、そこでは「多数の化石の精密な模型を手元に置いて眺めることができ」るのだ。本書で紹介される研究成果のどれほど多くに、日本の科学者・研究機関が貢献しているかを知れば驚かずにはいられない。
本書はジャワ原人に続いて、フローレス原人や台湾での大発見についても紹介していく。そして最後には、なぜ今人類進化を考えるうえでアジアが重要なのかを考える。かつては存在していた多様な人類を深く知ることで、ホモ・サピエンスたる我々の真の姿がより明確に浮かび上がってくる。
人類進化を語る上で絶対に欠かすことのできない一冊。ペーボの人生も波乱万丈で面白しすぎる。
手に入る限られた証拠をもとに、大胆かつエキサイティングな仮説が展開される一冊。レビューはこちら。
教科書でありながら読み物としても抜群に面白い。こんな教科書で授業を受けてみたかった。レビューはこちら。