タレント本の位置づけというのは、どういうところなのだろう。大型書店には必ず「タレント」の棚があるけれど、なんとなく近寄るのは気恥ずかしいような感じがする。しかし、振り返ってみると、タレント本の書評を結構たくさん書いている。
最近もドラマ化された黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』は、本邦ベストセラー史上1位の堂々たるタレント本だ。さらにランキングを見てみると、他にも12位に『気くばりのすすめ』(鈴木健二)、17位『積み木くずし』(穂積隆信)、26位『大往生』(永六輔)、27位『遺書』(松本人志)、28位『ホームレス中学生』(田村裕)、41位『蒼い時』(山口百恵)と、全部で7冊もある。あなどれません。
7冊のうち4冊が自分のこと、あるいは、それも含めた家庭のことについての本だ。このところたて続けに二冊、お笑いタレントさんが自分の家庭を描いた本を読んで、えらく感動した。一冊は野沢直子の『笑うお葬式』、もう一冊は漫才師・高山トモヒロの『通天閣さんー僕とママの、47年』。それぞれの父親と母親がかなり困った人なのである。
野沢直子、いまはサンフランシスコに住んでいて、たまにしかテレビに出たりしないから、あまり記憶にない人が多いかもしれない。かつてはお笑いタレントとしてずいぶんと人気があった、おもろい顔をした人である。
おもろい顔って、失礼なことを言うと思われるかもしれないが、ご自分でもちゃんと書いておられる。『笑うお葬式』の主役=野沢直子の父は、今は亡き名声優・野沢那智の兄にあたる。芸能界志望だった野沢直子が、そのコネで吉本の東京事務所へ面接に行ったら、所長がいきなり「あ、君、顔がおもろい」といって採用されたというほどの顔なのだ。
そのお父さん、波瀾万丈の一生だった。失敗しても失敗しても、いろんな事業に手をだす。極貧から一転、一時は競馬の予想会社で大もうけして、超贅沢な生活をした時期もあったが、亡くなる間際の所持金は2千円以下。女癖は悪くて、外にも子供を作る。家族は大変としか言いようがない。そんな父に、「死ねばいい」と思っていた野沢直子だが、お葬式では号泣する。
父の背中から生きる情熱を学び、母の笑いながら凜と立つ姿から逆境に立ち向かう強さを学んだ。父の父たる生き方、母の母たる姿、私はふたりから最高の教育を受けていた
この本でいちばん笑えるエピソードは、お葬式の時、父親の携帯に隠されていた驚愕の秘密があらわになる場面だ。普通の家族なら激怒するか呆れかえるかといったところだが、野沢家では爆笑。そのお葬式では故人の好きな音楽がかけられていたのだが、黙祷のバックには『津軽海峡冬景色』が流れていたって、失礼ながらおもろすぎる。
あまりネタバレさせるワケにはいかないが、冒頭シーンをちょっとだけ。血は争えない、野沢直子は交際三日で米国人ボブとの結婚を決めた。その承諾を得るために帰国した時に、父が発した二つの大事な質問がうける。ひとつめはこれだ。
東洋人とのセックスがいいから、君はうちの娘と結婚したいのか?
す、すごすぎる。さぞかし驚いただろうが、ボブは「僕ももう三十二歳と大人なので、ただのセックスと愛情のあるセックスの違いはわかります」と真面目に答え、満足げに頷く父親。二つ目の、いよいよ結婚を許すかどうかを決める質問の方が、ある意味すごい。
海と山は、どちらが好きですか?
何を考えてるのか、まったく意味不明である。ボブが「オーシャン」と答えて事なきを得たらしい。野沢直子の本ってどうよ、と思いながら読み始めたのだが、このエピソードで一気に引き込まれた。ファンキーな(といっていいのだろうか)お父さんの爆笑エピソードに、何十回も笑わせられる。こんなに声を出して笑い続けることができるような本はめったにない。
最後は、直子が父から出生の秘密を明かされるシーンで終わる。母親の法事で、いかにすばらしい母親であったかをしみじみ話す父。しんみりした直子に語られたその秘密とは…本を読んで、泣き笑いをすることはめったにない。これだけでも読んだ値打ちがあったというものだ。
***********************
通天閣さんは、ともくんのこと、いつも見守ってくれてるんやで
高山トモヒロが幼いころに住んでいた工場兼住宅からは通天閣が見えた。こんなやさしい言葉をかけてくれていたママとの思い出が『通天閣さん-僕とママの、47年』だ。しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
喫茶店と麻雀店を開いたママ、一時は羽振りがよかったが赤字が続いて借金の山。離婚して工場も閉鎖、トモヒロは父と兄弟三人と共に極貧の生活をおくらざるをえなくなる。麒麟・田村裕の『ホームレス中学生』ほどではないが、かなりのものだ。それでも、トモヒロ少年は野球に打ち込み、そこそこの強豪校でレギュラーを勝ち取る。
そんなある日、何年も会っていなかったママに、偶然に京橋で出会う。ちなみに、大阪の京橋は東京の京橋とは違って、池袋をうんとチープにしたような場末感漂う繁華街だ。そして、父や姉に隠れて、ママのマンションに通うようになる。夜の仕事をしていたママは、食べ物やお小遣いといっしょに、いつもトモヒロを気遣うメモを書き置きしてくれた。
高校を卒業して漫才師になり、野球部でいっしょだった友人と組んだコンビ・ベイブルースはかなり人気がでるが、相方の河本栄得が劇症肝炎で急逝。幸せな結婚をして、娘三人にめぐまれたが、生活はすさみがちに。そんな間も、ママとの交流は続いていた。
しかし、ママは若年性のアルツハイマー病に冒され、次第に何もわからなくなり、亡くなる。遺品の衣装ケースの中に、トモヒロにあてて書いたたくさんのメモといっしょに小さなノートがあった。「なべ、こっぷ、つくえ、さいふ、まくら、かーてん…」など、病気で消えそうになる記憶をなんとか残そうとして、こんなことばを書き残していた。
そのノートの最後に書いてあった四つの言葉。これを見た時、はからずも号泣した。いま、こうやって書いているだけで涙がでてしまう。全編、しみじみといい本だけれど、こんなラストまで用意されていたとは予想だにしなかった。小説仕立ての本なので、もしやあざといフィクションかと思って確認させてもらったが、まごう事なき真実ということだ。
野沢父と高山母、どちらも相当とんでもない親で、子供達は苦労した。しかし、直子もトモヒロも、それぞれの親に反発しながらも心から愛していた。もうひとつ、二つの本には大きな共通項がある。世の中、捨てたものではない。それは、どちらも周囲にすごくいい人、親戚だけでなくて他人も、がいて、親身になって助けくれたということだ。タレント本だとあなどってはいけない。この二冊には、笑いと涙、そして、人生の素晴らしさが詰まっている。
ずいぶんと前ですが、この本もレビューしました。吉本新喜劇全盛期の芸人さん、岡八朗のことを弟子のオール巨人が語っています。むっちゃええ話です。
累積580万部、日本出版界における金字塔。いまでも読み継がれているのがすごい。