情報隠蔽。誰もが、「情報隠蔽=悪」であり、起きてはならないと認識している。情報隠蔽が悪いのは、なにも不正につながるからだけでない。必要な情報が共有されずに恐るべき大参事を招いてしまうからである。
本書は多くの歴史的大惨事を引き起こした主な原因が情報隠蔽でだったという新しい視点を提示する一冊だ。原発事故、大規模リコール問題、金融危機に至るまで情報隠蔽が問題を深刻化させたと分析しており、とても興味深い主張である。特に金融危機の原因の一つが情報隠蔽というのは、これまであまりなされてこなかった指摘だろう。
ありがたいことに、著者はこの情報隠蔽の原因となる要因と教訓を本書第三章で網羅的に列挙してくれている。情報隠蔽による事件・事故を未然に防ぐためのチェックリストとしての価値が非常に高い。経営者など、日ごろマネージメントに携わる人にとって、本書第三章を定期的に見直すだけでも本書を手元に置いていておく意味がある。
同様に、資料としての価値も高い。今回、著者が本書で取り上げた大惨事は、スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故、原発事故、サブプライム住宅ローン危機、SARSの世界的流行、独ソ戦初期におけるソ連軍の失敗、トヨタ大規模リコール問題など、25もの他業種・他分野にわたっている。正直、この事例集だけで大事故・大災害を比較検討する一級の事例研究資料である。ノンフィクション好きにとってはたまらない。
紹介する25の事例の中でも著者が一番ページを割いているのが原発事故である。中でもチェルノブイリ原子力発電事故には30ページ以上を割いており、読みごたえある。
事故の直接的な原因は発電所運転員による不注意なミスだが、より根本的なところには原子炉の設計ミスがあり、その情報が隠蔽されていたと指摘する。また、事故後も情報隠蔽は続き、事故の重大性に関する情報が歪められていた。原子力施設が政治局に偽情報を流し、政治局も国民に偽情報を流していたのだ。チェルノブイリ原発事故とは、数々の情報隠蔽が引き起こした大惨事だった。
では、どういった理由でこのような情報隠蔽が起こってしまったのかというのが著者の次の視点である。
自分たちは技術先進国であり他国にアドバイスは求めないという「国家主義的なおごり」、ソ連の原子炉が事故を起こすはずがないとの「自己暗示」、事故状況を聞いた国民が慌てふためくのではとの「パニックの恐れ」、これら要因が重なって、事前にリスクが認識されていたにも関わらず、チェルノブイリ原発事故ではリスクの矮小化・無視といった情報隠蔽が行われてしまっていたと著者は分析する。
「国家主義的なおごり」、「自己暗示」、「パニックの恐れ」、よくよくみてみれば、これら要因は、原発事故やロシアに限らず、あらゆる場面で情報隠蔽の原因となりそうな事象である。実際、本書を読んでみると分かるが、多くの事例でこれらを理由として情報隠蔽が起こっている。
「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」というが、歴史を学ぶ上で本書は絶好の機会を提供してくれる。大惨事を繰り返さないためにも、歴史を振り返るべきだというのが著者のメッセージである。
大切にされねばならないのは歴史から学ぶ姿勢である。これにより、過去に何度も起きたリスク情報の隠蔽を防ぐと同時に、リスクマネジメントの失敗も避けることができるだろう。