2015年9月、読売新聞東京本社は同年度の新聞協会賞を受賞した。受賞理由は「群馬大学病院での腹腔鏡手術をめぐる一連の特報」である。その特報取材班のリーダーだったのが本書の著者である高梨ゆき子記者だ。
その特報とは、10年から14年にかけて群馬大学病院第二外科で行われた腹腔鏡手術後に、8人もの患者が相次いで亡くなっていた事実をスクープしたものだった。
執刀したのは当時40代の外科医。この医師はほぼ同時期に行った開腹手術でも10人もの患者の命を救うことができなかった。死亡率は11.9%。なんと全国平均の3倍に及んだ。
事件なのか事故なのか。医師個人の力量不足や過失として片付ける出来事なのか。そもそも大学病院運営や日本の外科手術そのものに問題はなかったのか。14年11月14日付のスクープ記事を発端として、日本の医療に対する不安が広がった。
読売新聞による一連のスクープと、壮絶な報道合戦のはてに、16年8月になってやっと外科医は懲戒解雇という処分を受けた。しかし、本人は刑事罰の対象になることもなく、指導していた教授は論旨解雇という軽い処分ですんだのだ。
とはいえ、本書は彼らの罪と罰を追求するために書かれたものではない。あくまでも新聞記者の矜持をもって、事実だけを追いかけ、丁寧に報道する立場を貫いている。同じ社会部でも首相官邸で報道とは名ばかりの持論を振りかざす記者とは大違いだ。
当時の群馬大学では二つの対立する外科が競争状態にあり、学長選挙や医学部教授選挙の時期も重なっていたため院内戦争の状態にあったという。また。薄給で知られる大学病院医師のアルバイトによる疲弊も見逃すことができない事実だ。くだんの外科医の稚拙な医療技術にも呆れるばかり。これぞ新聞報道という一冊だ。
※週刊新潮より転載