『路地の子』が話題です。著者は『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション賞を獲った上原善弘。今回は自らの父親の一代記を描いています。
非常に重いテーマの作品ですが、重版も続いているほどの人気ぶり。いったい何が人をここに惹きつけるのか、いったい誰がここに惹きつけられているのか、今回はこの作品を見ていきたいと思います。
まずは読者層です。
読者の70%超が男性。50代、60代が読者層のピークという固めのノンフィクションによくみられる読者構成となっています。
作者の出身地が題材になっているためやはり関西地域での反応がよいようです。1店舗あたりの平均売上冊数を県別に見ていくと、1位:東京、2位:大阪、3位:和歌山、4位:京都と関西地域が上位に並びます。
続いて併読本です。単行本の小説との併読が意外に多かったのが驚きでした。そして上位の部数がほぼ横並びという面白い結果です。
ランク | 書名 | 著者名 | 出版社 |
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1 | 『天才』 | 石原 慎太郎 | 幻冬舎 |
2 | 『京都ぎらい』 | 井上 章一 | 朝日新聞出版 |
2 | 『罪の声』 | 塩田 武士 | 講談社 |
2 | 『被差別のグルメ』 | 上原善弘 | 新潮社 |
2 | 『応仁の乱』 | 呉座 勇一 | 中央公論新社 |
頭1つ抜けたのは『天才』。異能の持ち主の生涯に興味があるという観点で似た層に支持されたのでしょうか。『京都ぎらい』『罪の声』はご当地本。『罪の声』はグリコ森永事件を描いたノンフィクションです。上原さんの『被差別のグルメ』も出てきました。
さて、それではこの読者の併読本から最近の注目作品を紹介していきましょう。
ブル中野、長与千種、ダンプ松本…プロレスファンでない身でも、名前と顔が一致するくらい全日本女子プロレスという存在は大きなものでした。こういった所属レスラーや関係者にプロインタビュアー吉田豪が迫ります。ふと気になって読者層を見たら40代が突出していました。ブームの頃を思い出すことは、そのまま青春を振り返ることになっているのかもしれません。
最近警察ものノンフィクションが熱いことになっています。すでにレビューにも登場し、世の中を沸かしつつある『石つぶて』、『マル暴捜査』と同じく新潮新書から発売されている『警察手帳』等々。小説ジャンルにおいては定期的に警察小説ブームがやってくるのですが、今はノンフィクションの警察ものが売れているのが面白いところ。事実が物語を超えてきたのか!? 目が離せないジャンルです。
ナチュラルビーフって何がナチュラルなのか、オリーブオイルの「ピュア」に隠された秘密、コーヒーも偽物が多いだとか、日々口に入る身近な食べ物の偽装を見抜く1冊。こういう食物ものは女性読者が多い印象がありますが、こちらは翻訳もののためか男性読者多め。『路地の子』の表紙と並べてみると「肉」の不思議なつながりが見えてきます。
日本暗号学の金字塔とも言われていた1971年刊行の名著『暗号』が、装いも新たによみがえりました。暗号を定義する著者の思考は古今東西に縦横無尽にいったり来たり。数学が得意な人の範疇にあるものかと思っていたら、著者は「コトバ」そのものが暗号だと述べています。推理小説に出てきそうな暗号から、実際に使われた暗号までが勢揃い。暗号好きならぜひとも持っておきたい1冊です。
著者が書いた『イノベーションのジレンマ』は多くのビジネスパーソンの読み継がれる名著となっています。その著者が解き明かしたのは人がモノを買う行為そのもののメカニズムです。この文章の中に書くのもくすぐったい気持ちになりますが、成否は顧客データの類似性や市場分析から見えてくる数字ではないと力説しています。では何なのか?鍵は「ジョブ」だそう。今後注目されるビジネス書となるのか、気になる1冊です。
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『路地』という特殊なテーマに取り組む著者の併読本からは、もう少しそのジャンルの本が見えてくるかと思いましたが、読者の興味は多岐にわたっていました。登場人物たちの様子、路地の活き活きとした姿、壮絶な人生から『血と骨』を思い出したという感想も多く聞かれました。大阪という土地の歴史を知るためにも、読んでおくべき作品。そしてこれから長く読み継がれる本になるでしょう。