無謀にも30年戦争に介入して一敗地にまみれたデンマーク王、クレスチャン4世。戦で親友をも亡くしローセンボー城で塞ぎこむ王のもとに、イングランドから美貌のリュート奏者ピーターが訪れる。王はピーターを天使かと見紛い、亡き親友の面影を夢見てピーターを囲い込む。
音楽が好きな王は宮廷楽団を抱えているが、楽団は沈黙の地下のワイン貯蔵室で演奏し特殊なパイプを通じて王の謁見室に妙なる調べが流れるようになっている。王は訪れる人々を驚かせることによって慰めを見出しているのだ。
若い王妃、キアステンの心はとっくに王から離れている。キアステンはドイツ人貴族と密通し官能に溺れている。富裕な地主ヨハンの娘、エミリアは末の弟マークスが生まれた直後に母を亡くす。エミリアとマークスは好色な継母マウダリーナに馴染めないが、愛欲の虜となったヨハンはキアステンの侍女として邪魔になったエミリアを奉公に出す。残されたマークスの痛々しさ。
善良なエミリアに慰めを見出したキアステンはエミリアを囲い込む。そして偶然のいたずらでローセンボー城でエミリアを見初めたピーターは運命的な恋に落ちる。そう、本書は愛の物語なのだ。
本書にはさまざまな世俗の愛の形が登場する。キアステンに執着する王の愛、天上の音楽を夢に見たアイルランドの地主ジョニーと妻フランチェスカの愛、そしてジョニーの夢を実現させるべくアイルランドに招かれたピーターとフランチェスカの禁断の愛、ピーターの妹シャーロットと婚約者ジョージの愛、エミリアとマークスの姉弟愛。
登場人物のそれぞれがしっかりと造形されており、しかも叙述が細部に至るまで丁寧に描かれているので、どの愛も確かなリアリティを持つ。そして、それらの現世の愛を借景として、およそこの世のものとは思われないピーターとエミリアのもどかしくなるぐらいの純愛が控えめに綴られるのだ。
キアステンは不義の子を宿して宮殿を追われる。もちろん、エミリアを手放すはずはない。王と王妃に囲い込まれ離れ離れになった2人の恋の行方はどうなるのだろうか。ページを繰らずにはいられない。
デンマークとイングランドとアイルランドを舞台に、登場人物の手記や手帖などを巧妙に織り交ぜながら過去と現在を自由に行き来して美しい物語が紡ぎ出される。優れた小説はそのまま映画になると言われているが本書も映画化が決定したそうだ。