夏休みシーズンが到来し、海へ山へと出かける計画を立てている最中の方も多いかもしれない。しかし夏休みには、いつか終わってしまうという最大の欠点がある。これを回避する方法が、一つだけ存在するのだ。それは、毎日を夏休みのように生きるということである。
本書の著者は、まさにそんな生き方を体現している人物だ。スッポンを自分で捕まえて鍋にする、エイを捕まえてフォンオフェを作る。だが、いかにもアウトドアの達人という風情でもなければ、料理の腕に覚えありというタイプでもない。
捕まえた場所は、ほとんどが自転車で行ける場所。料理を作る包丁さばきも、しどろもどろ。だけどやっていることは結構無謀。一風変わった食材ばかりを調達し、普通は試さない特殊な調理法を、ほんのりアドベンチャー風味で紹介してくれる。
著者は大学時代に山形で暮らすようになってから狩猟本能に目覚め、卒業後、新小岩で一人暮らしを始めたことが運の尽き。江戸川と荒川という二大河川に挟まれた場所で生活するうちに、大学時代に培った「捕まえて、食べる」という原点へすっかり回帰してしまったそうだ。
フリーライターという職業に就いたのをよいことに、都会をジャングルに見立て、ありふれた日常の延長線上にある狩猟採集ライフというスタンスから、気になるポイントをぐいぐいと突いてくる。
まず最初に挑戦するのが、世界で二番目に臭い料理と言われるホンオフェである。しかもこれをエイを捕まえるところから始めてしまう。どこで釣れるのかも分からなかったはずなのに、ある日自転車で川へ行きノホホンと釣りをしていたら、うっかりアカエイが釣れてしまうのだ。
自宅戻って下処理を終えたら、大きなエイを皮付き状のまま厚手の手漉き紙に包み、大きなかめに積み込んでいく。そのまま冷暗所で10日ほど保管すれば出来上がり。エイの体内から湧き出すアンモニア成分によって雑菌が繁殖できないため、腐敗はしないそうだ。
さらに悪ノリは続く。仲間に「バーベキューでもしませんか?」と声を掛け、河原でホンオフェのパーティーを主催する。これを食べた友人たちの食レポが強烈だ。
生ゴミというか、魚の解体場の臭いでした。
特に鼻から抜けるニオイがぼっとん便所そのものでひやりとしましが、奥の方から微かに珍味の味がしたので、辛うじて食べられました。
飼い猫の肛門のニオイがしました。
このように個性が強すぎるホンオフェだが、「口に入れてすぐ、追いかけるようにトロッとしたマッコリを流し込むと、これが抜群にうまい」というフォローのような一文が添えられていたことは、付け加えておきたい。
続いて挑戦するのが、アナジャコである。「干潟の穴に筆を刺すとシャコが捕れる」という何かで見かけた怪しい情報だけを元に、いきなり干潟へと向かう。その様は、ただ穴に棒を突っ込みたいだけの思春期的な欲求で突き進んでいく中学生の姿を彷彿とさせる。
近所の100円ショップで習字用の太筆5本を購入し、分からないことはそこにいる達人風のおじさんに聞く。その気になれば、何だってできるのだ。 はじめは少し苦労するものの、爪を人差し指の先で穴の壁面にグッと落し付けて見事捕獲に成功。ちなみにこれを塩茹でにして食べている模様が掲載されているが、正直エビの方がおいしいとのこと。
さらに「穴に塩を入れてマテガイを捕る」という試みにも挑戦していく。マテガイのいそうな場所を、シャベルか鍬で5センチくらい掘るそうなのだが、まずマテガイのいそうな場所というのが、分かりそうで分からない。まさに干潟のモグラ叩きだ。
米粒大のマテガイの巣穴が見つかったら、その穴に塩をひとつまみほど入れる。そして穴からマテガイが飛び出てくるのを待つ。巣穴を探す能力、飛び出たところを捕まえる瞬発力、ちぎれないように引っ張る適度な力加減が必要というから、けっこうゲーム性も高い。
これをボンゴレっぽいスパゲティにして食べると、筋肉質の身がプリッとし汁の味も濃厚な特製パスタが出来上がるそうだ。
このほかにも、自転車でというわけにはいかないが、電車や車で簡単にアクセスできるものも紹介されている。針金ハンガーでギンポを釣ったり、埼玉でスッポンを捕ったりと、ちょっとやってみたいと思える要素が盛りだくさんだ。
特徴的なのは、このようなライフスタイルを送るうえでの、思想や信条といった固苦しさが皆無に見えるところだ。結構大層なことがいとも簡単にできるよう伝わってくるのは、童心あふれる筆致によるところが大きいだろう。
インドア派の人も安心して欲しい。「自分でも、出来るかも」「でも、別にやらなくてもいいかも」「だけど、どんなものかは知っておきたい」という絶妙の三拍子が揃っている。夏休みの脳内アドベンチャーとしても、効果的な一冊だ。
(※画像提供:新潮社)