仏像や阿修羅ブームとは一線を画す、本書は龍に特化したガイドブックである。
龍の彫刻は、とくに江戸期の超絶技巧による寺社装飾でモチーフにされてきた。掲載される各寺社は、所在地、最寄り駅からのアクセス、宗派、祭神、御朱印、後利益など実用的なデータだ。全国の寺社の由緒とともに、フルカラーで龍の美しい造形と歴史を堪能できる。
どんな龍像でも良いわけではなく、本書では都内から2時間程でたどり着くことができる関東から厳選し100寺社を紹介している。単純に龍像を鑑賞するだけでなく、解説を読むことで「学び」という観点からも付加価値がついてくる。
ちなみにヨーロッパでは、『ヨハネの黙示録』の竜に表されるように、たいていドラゴン自体が悪の象徴とされるイメージだ。かたや中国をはじめ日本では、水を司ることから竜神として火災除けや雨乞いの対象として崇められてきた。漁村でも豊漁祈願の海神として広く信仰され、近年はパワースポットの主役キャラクターとして龍が脚光を浴びはじめている。
彫刻には木目が美しい傑作もあるが、極彩色で塗られた豪華絢爛な龍も、見る人の心を掴んで離さない。というか単純に見た目でイケている。実際にその姿は力強く、また別の角度から眺めてみると、表情まで変化し、圧倒されつつも見惚れてしまう。
日蓮が龍ノ口法難により斬首を免れた場所、江ノ島の龍口寺。実際に足を運ぶと、狛犬のかわり双龍が鎮座。大本堂の天井画には飛龍。向拝には巨大な親子龍が8体。それぞれの龍が睨みを利かせてくる。それにしても想像上の龍という生物が、これだけの数が具現化されていることに驚く。
弁財天を祭る江島神社。古来、悪事を働いていた龍は、弁財天に惚れ込み、改心してのちに結婚した伝承があり、以降はこの地を守る守護神とされた。辺津宮境内の池には、真っ白な銭洗白龍王像もあるが、実物は静寂な水の中に佇みつつも荘厳な印象。奥津宮に隣接する竜宮上の龍神も巨大で圧倒される。こうした像は、信仰の対象という側面と、美術品という側面の2つの顔があるのではないだろうか。そしてどちらか一方が存在しなかったとしたら、ここまで人を魅きつけないだろう。
本書の大きさはA5サイズと持ち運びやすい。記載されている寺社も、すべて御朱印がもらえるため、「龍100匹」コンプリートを狙うのもよいかもしれない。何より、休日に散歩がてら足を運んで探索すれば、身体も使い運動不足も解消されるはず。たまには近隣の寺や神社を訪れ、静寂の中に身をおいてみるのはどうだろう。
※画像提供:日貿出版社