粉の飛散が少なく人の肌にやさしい「ダストレスチョーク」と、ガラスやホワイトボードなどつるつるした素材に発色良く書くことができ、濡れた布で簡単に消すことができる筆記具「キットパス」。活気的な2つの文房具を開発したのは、日本理化学工業という会社だ。
チョークは0.1mm単位の品質基準が求められる。JIS規格に適合するチョークの太さは11.2mmで、許されるのは±0.5mmまで。非常に厳しい規格だが、日本理化学工業では、製造ラインはすべて人の手で行われている。
そこで必要とされる集中力は計り知れない。ただ社員の表情には、安全な品質のチョークを全国の子どもたちに届ける、という使命感のようなものをはっきりと見ることが出来る。生き生きとした表情だ。実は同社で働く社員の7割が知的障がい者である。
本書は、知的障がい者の多数雇用に身を投じた1人の企業家とその一族の激闘の記録であり、障がいを持って生きる人の働く姿と、その喜びの記録である。日本理化学工業は、2008年に、経営学者 坂本光司さんに『日本でいちばん大切にしたい会社』として取り上げられ、同年「カンブリア宮殿」に出演した。現在非常に注目を集めている会社だ。
どうして同社がここまで注目を浴びることとなったのか。どのようにしたら、知的障がい者の多数雇用を達成しつつ、一族四代にわたって事業を存続させることができるのか。
そこには著者が「鉄の意思」と称した強い信念が存在する。「働く喜び」について、障がい者にも同じように働く喜びを感じてもらうことを第一と考える。
日本理化学工業には3つの時代があった。
1、 チョークの製造と会社創設、創業の時代
2、 知的障がい者雇用とキットパスの試作、製造の時代
3、 キットバスの営業展開の時代
1960年代以降は少子化が顕著になり、パソコンやホワイトボードの普及のため、チョークの需要は年々減少傾向にある。しかし、同社には雇用を何としても守らなければならない理由がある。
大山会長が提唱する『皆働社会』について。
「私が提唱しているのは『皆働社会』です。日本国憲法第13条には『すべての国民の幸福追求を最大限に尊重する』とあり、さらに第27条で『すべての国民は勤労の権利と義務を負う』とある以上、重度障がい者だから福祉施設で一生面倒見てもらえばいいというわけではありません。つまり、健常が障がい者に寄り添って生きる『共生社会』ではなく、『皆働社会』なのです。」
『皆働社会』のなかで生まれるもの、それは、「働く幸せの実現」である。知的障がいを持ちながらも会社に貢献する。働いて、人の役に立って、人に必要とされる存在でいること。この環境を守り続けるために、大山一族は会社を成長させ続けてきた。
キットパスは、「きっとパスする」という想いを込めて名付けられた。キットパスの製造時代、そして営業展開の今、大山隆久社長を筆頭に、全社員が身近な人に想いを込めて一生懸命会社を育てているのが伝わってくる。必死に働くことで生きる道を切り開く。本書を読めば、社員の仕事を通じた成長と、家族の喜びに共感せずにはいられない。著者のとても丁寧なインタビューが、日本理化学工業のありのままの姿を伝えてくれる。
働く喜びとは何だろう。自分事に置き換えると、仕事を通して出来ることが増えるのは楽しい。でもまだ力不足で、世の中に何かを生産しているとは思えず、周りの人たちに世話になりっぱなしである。だから、働いていることに関して素直に喜べない自分がいた。
でも本書内の社員たちは、働くことに対して素直に楽しんでいて、感謝している。役に立つこと、必要とされること。素直に喜びを受け入れることが、彼らの成長の糧となっていた。一番大切なことは何か、シンプルに教えてくれるのはいつも障がいを持っている人だったりする。頭で考えないで、感じたことを素直に受け止めなさいと教えられた気がした。
日本理化学工業が紹介されている一冊。
自閉症の子どもの可能性を存分に伝える一冊。