シリコンバレーの起業プログラムに参加する若者たちを描いたノンフィクション。冒頭の「主な登場人物」を見るだけで本書の面白さをすぐに理解できる。荒唐無稽な人物たちのオンパレードだ。
2011年から2016年までの6年間、とある物議を醸した若者向け起業プログラムを密着取材したのが本書。プログラム名は「20 under 20」。20組の20歳以下の学生がシリコンバレーで起業できるよう経済的に援助するプログラムだ。企画者は伝説のベンチャー投資家ピーター・ティール。言わずと知れたPayPalの共同創業者でFacebookへの最初の投資家である。
但し、参加者には一つ重要な条件が課せられる。それは、大学をドロップアウトすること。
「大学教育は時間と資金のムダ、早く起業しろ」というのがピーター・ティールの主張だが、このプログラムはアカデミズムの人々を大激怒させた。大学教育は人生で成功するために必須のものという大前提を覆すこのプログラムは、教育とは何かという論争を巻き起こしていく。いかにもピーター・ティールらしい試みだ。
一方、著者はこのプログラムの趣旨を別のところに見いだしている。世間的には、大学教育への挑戦や優秀な若者の青田買いなどが本プログラムの趣旨だと言われているが、本当のところはピーター・ティールの若者世代への個人的な興味だと。たしかに、さもありなん。
このフェローシップは「君たちが本当に優秀ならここに来たまえ。君たちの世代の『ベスト・アンド・プラクティス』(最良にしてもっとも聡明な者)に何ができるか証明してもらおうではないか」という挑戦だった。つまりフェローのうち誰かが10億ドル企業をつくれるかどうかは問題ではない。
のちに「ティール・フェローシップ」と呼ばれるようになるこのプログラムには、ピーター・ティールへの挑戦者が次々と登場する。「小惑星の鉱物を採掘する」「人間を不老不死にする」など、型破りなアイデアを持った若者たちが門を叩くのだ。
本書の主役の一人、「人間を不老不死にできる」とかぶいてみせ、不老長寿を研究するローラ・デミングは、17歳でこのプログラムに参加し、今もそのアイデアの実現に向かって突き進んでいる一人だ。14歳でMITに最年少の学生として入学した天才美女は、大学をドロップアウトし、生物界で革命を起こそうとしている。
本書では彼女の挑戦を通して、不老不死研究の最新動勢、女性起業家との交流、長期プロジェクトの資金集めの難しさと美少女に群がる男性投資家たちの実態など、革新的なアイデアを掲げる女性起業家とシリコンバレーの関係を描いている。
(ローラ・デミングのTEDプレゼンテーション)
もう一人の主役は、「小惑星から鉱物資源を取り出す」と奇想天外な宣言をし、プログラムに参加したジョン・バーナム。その奇抜なアイデアゆえに投資家の間で絶大な期待が寄せられていた彼だが、彼はのちにシリコンバレーの雰囲気に馴染めず、ティール・フェローシップを辞めることになる。
利益をあげることや人脈づくりに勤しむ周りの雰囲気に共感できなかったのだ。彼はシリコンバレーで成功するには、堅物すぎたのかもしれない。本書ではそんな彼のシリコンバレーでの葛藤や苦悩はもちろんのこと、大学に戻ってからどう学生復帰するのかまで追っている。
このように、成功者だけでなく、プログラムをドロップアウトした者にも密着するところが、本書がただのシリコンバレー賞賛の経営書とは一線を画す、ノンフィクション作品である所以である。取材対象に密着しながらも客観的な視点でシリコンバレーの光と闇を描いており、さながらドキュメンタリー映画を観ているかのようだ。
それもそのはず。本書の著者アレクサンドラ・ウルフの父親は、密着して対象をより濃密に深く描くニュー・ジャーナリズムの旗手のトム・ウルフだ。父親譲りの洞察力と手法で、著者は登場人物の息づかいまで聞こえてきそうに生き生きと描き出している。
本書は、シリコンバレー関連書にありがちな起業やビジネスで成功するコツなどは書かれていない。むしろ、シリコンバレーのエリートの生態を観察しながら、混沌としたシリコンバレーの文化や動態をあぶりだしている観察記のようだ。
さながらシリコンバレーの若者起業家にインタビューしている気分を味わえ、一般的なビジネス本よりもこちらの方が学べることが多い。
こちらは3ヶ月のスタートアップ養成スクールに密着したノンフィクション。翻訳は『20 under 20』と同じ人たちだ。内藤順の書評はこちら。