爆発まじかのチョコレート・ドーナッツが原書の装丁だ。意志と行動の矛盾を表現しているのだろう。
太るとわかっていても、食べてしまう甘味。(アメリカの4700万人が メタボ症候群)
体に悪いとはわかっていてはやめられないタバコ。(2030年に800万人が毎年煙草が原因で死ぬ予想がある)ついつい仕事の時間を犠牲にして行うインターネットサーフィン。(毎日労働時間のうち2時間を主にインターネットに空費)
アメリカ人は多額の金とエネルギーを減量に費やし、政府が行った電話調査で喫煙者の70%が禁煙したいと答えている。そんなアメリカの死因のほぼ三分の一は三つの習慣、つまり喫煙と運動不足と不健康な食事に起因している。煙草を吸わなければよいし、食事も適切な量を取ればよいし、仕事を早く終わらせれば、運動する時間もできる。人々はリスクを知っているし、違う行動がしたいと望んでもいるのだ。アメリカには2000万部以上売れている『7つの習慣』というベストセラーがあるにも関わらず、習慣を変えるのは難しいようだ。
しかし、これは決してアメリカ人だけの問題ではなく、人類に共通した悩みだろう。長期的にみれば、自分自身を不幸に陥れる可能性の高い行動を、目の前に存在する欲望に自己をコントロールできず、行動してしまう。それは誰のせいなのだろうか?自分に意志やビジョンがないからなのか?それとも、生物学的遺伝の問題であろうか?はたまた自分を取り巻く環境のせいだろうか?
本書では具体的な神経科学、心理学や生理学などの研究を引用し、自己はコントロールできるのか?を複眼的に紐といていく。映画館のポップコーンのサイズを変える実験やプライミングと呼ばれる先行する刺激に無意識のうちに暗示を受け、行動に変化が生じるも実験等、著名な実験が多く掲載されている。
著者は「ニューヨーク・タイムズ」「ウォールストリート・ジャーナル」に寄稿しているジャーナリスト、「アメリカの暮らしは巨大な食べ放題ビュッフェ」「インターネットは巨大な自宅配送装置」などと皮肉っぽい表現を使い、テンポよく書き進めてくれているため、読みやすい。僕も本書に登場する人たちと同様に自己コントロールが苦手な一人であり、それを意志のせいにしてしまいがちなタイプで、そうそう、とうなずきながら最後まで一気に読んでしまった。
自己コントロールとは「どれが自分にとって望ましい欲求かを決めて、対立するあまり望ましくない欲求を退けること」と著者は考え、反対に自己コントロールの失敗は「想像力‐未来を見通し、いまこの選択をしたら長期的な結果はどうなるかを鮮明に描き出す能力‐の貧困」に由来すると推測している。
本書を書く中で著者自身が学んだことは、自己コントロールの改善は可能だが、一人ではできないということだ。制度や社会的仕組みの支援、筋の通った法的な枠組みや強固な社会的なつながりが必要だと述べている。本書で自己規制のグルとして登場するアリストテレスは、友人の役割を重視した。『オデュッセイア』の主人公は自分の意志はあっさりと覆ることがよくわかっており、欲望に負けないためにわが身を船に拘束した。古代ギリシア人は個人が自制心を発揮できるように仕向ける社会構造を作り上げていた。著者自身も世間の誘惑から逃れるために、ニューヨーク郊外のハドソンバレーに在住している。意志は欲望に勝てないことを知っていることからはじまる。
————-
アリストテレスがいかにして、色欲と戦ってきたのかが気になる。
同じ、NTT出版から。過去5万年以上のわたり、実践してきた宗教と人類の進化や生存の関係を探っていく本。こちらもかなりおすすめ。村上さんの書評もあります。
人や広告に騙されないために、あわせて読むと理解が深まる。