ロマン溢れるネイチャー本だ。
その名の通り、砂の本である。装丁に惹かれてつい買ってしまった。3,000円するのでどうかなと思ったが、全く後悔することはない。まず1ページ目の口絵を見てみよう。砂マニアたちが集めた砂コレクションが載っている。フロリダ、スマトラ、アルジェリア、メキシコ、タヒチ、バリ島、ガラパゴスの砂が一週間の錠剤を入れる容器に分類して入っている。とってもキレイだ。このページだけであっという間に10分が過ぎてしまう。こんなに反応するのは自分だけかと思ったが、うちの妻も「キレイ!」と感嘆の声を挙げてしばらく釘付けになっていたので、他の人も楽しめるはずである(それか僕たち夫婦が変か)。
もちろん書いてある内容も面白い。それもそのはず、ネイチャーライティングに贈られる最も権威ある賞、米国自然史博物館のジョン・バロウズ賞受賞を受賞した作品なのだ。『生命40億年全史』で有名なリチャード・フォーティーも薦めている。本書は砂についてならあらゆることを網羅する。砂の誕生、川を下って海までいく道のり、時にハリケーンに飛ばされながら地球を移動していく過程。壮大なロマン溢れる物語がいっぱいである。
砂漠の砂が音楽を奏でると書いてある章を読む頃には、好奇心の塊であった子どもの頃の感覚を取り戻していた。もう目はキラキラだ。砂漠はたまに音楽を奏でるそうで、それも地域によって音色がかなり違う。米国ネバタの砂丘は低い「ド」、南米チリの砂丘は「ファ」、モロッコの砂丘は鋭い「ソ」のシャープ音とそれぞれ違うのだ。なぜ砂が音を奏でるのか、それも地域や季節によって音がなぜ変わるのか、未だに科学的には解明されていないと聞くとかなり神秘的な感じがする。もう一度人生をやり直すなら地質学者になりたいと思ってしまうほどだ。最近、目をキラキラさせて本を読んでいない大人にはうってつけの本である。
結構分厚い本をいちいち読んでられないというセッカチなビジネスマンには、第9章だけでも読んでみることをオススメする。砂が人間の生活で担っている役割がアルファベット順に並んでいるのだ。各項目は半ページから長くて4ページなので、トイレや電車の中でも読める。しかもビジネスの匂いがプンプンする情報が満載だ。数項目拾ってみよう。
「コンクリート」は今日の社会には不可欠な物質で、75%が砂や砂利で出来ている。世界的なコンクリートの需要は膨大で、地球上で水の次に消費量が多い物質がコンクリートだ。9.11関連で最近よくニューヨークがテレビに映し出されるが、あれほどたくさんの近代的なビルを建てるのに必要な砂はどこから持ってきたのだろうか。答えはロードアイランド。エンパイア・ステート・ビルやかつての世界貿易センターも全てロードアイランドの砂を採掘してマンハッタンに持ってきているのだ。ちなみに日本は9割以上のコンクリート用砂をもともと中国から輸入していたが、中国が北京オリンピック用に輸出を禁止して、かなり困った経験がある。お隣の韓国は泣く泣く北朝鮮から砂を輸入している程だ。アジア域内でコンクリートに適した砂を見つければ、日本・韓国への販路は簡単に作れそうである。
「電子機器」も砂で出来ている。私たちが使うコンピューター、電子レンジ、携帯電話に用いられるチップはシリコンから出来ており、そのシリコンはたいてい砂でできている。ではどこの砂を使っているのだろうか。著者が興味をもって調べているが、企業秘密ということで結局は判明していない。少数の企業が市場を独占しているとしか思えない。新規参入の余地がかなりありそうだ。いい砂を見つけ出して、ちょうどよい供給先が見つかれば、一大都市を築きあげられるほど儲かるだろう。シリコンバレーどころでない。
本書を読むまで、砂にこれほど自然科学的・ビジネス的な価値があるとは思ってもみなかった。実は、砂は私たち人間の生活から切り離せないほど重要な物資だったのだ(普段、砂に触れる機会といったらビーチに行くかバンカーで捕まったときくらいしかないと思っていた)。私たちは砂がなければコンクリートの家が作れないし、電子機器もない。本書評では紹介しきれなかったが、美味しいワインも出来ないし、ワイングラスも作れないし、シャンプーやビタミン剤なども作れない。HONZが大好きなダチョウも砂がないと上手く食べ物を消化できない。
大自然のロマンを楽しむと同時に砂の偉大さを認識することができる本だ。実は、本棚に飾っておくだけで見栄えがするだろうと不純な動機で買った本だったが、いい意味で期待を裏切られた。
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土という観点から人類の歴史を知りたい方はこちら。『土の文明史』
装丁が格好いい本を本棚に飾りたいならこちら(他にもいっぱいありそうですが)。